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宗流がお届けする小さな豆知識。
by sou-ryu_mame
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再び「衿」のお話


こんばんは♪
二月最初の「宗流まめ知識」です^^
今月も、出来る限りぼちぼちとまいりますので、
どうぞよろしくお付き合い下さいね~!

さてさて。
本日のお話は何にしようかと思っていたところ、
今日は仕事で「半衿」についてのレジュメをまとめる機会がありました。
とある問屋さんの講習会用なのですが、改めて調べてみると
思わぬ発見があったりして、案外自分のためのお勉強になりました^^
私の働く会社は和装小物メーカーなのですが、こんな風に調べ物をまとめる事も
私のお仕事のひとつ!拙いお話ではありますが、一人でもきものや和装小物に
興味を抱いて頂ければ…と思いご紹介をさせて頂きます。
とはいえ、実際のレジュメを載せるには少々障りがありますので、
少々(かなり?)まめ知識バージョンにアレンジ致しましたが
よろしければ本日もお付き合い下さいね~!


さて。
TVで時代劇などを見ていると、江戸時代の町の女性たちの着物の衿元に
黒い生地がかかっているのに気付かれる方は多いと思います。
あれは何のためのものかご存知でしょうか?
あの黒い衿のようなものは「掛け衿」といい、衿周りの汚れを防ぐためのものなのです。
現在の着物にも、共生地で掛け衿がかかってますよね。それと同じです。
また、裏店などに住むあまり裕福ではない女性像などは
衿元に襦袢の衿が見られず、直に着物を着ているようにも見えますね。
当時、何枚も着物を誂えられる立場の女性ならいいのですが
そうではない女性たちは、必然的に少ない手持ちの着物を着回す必要があります。
そこで最も汚れやすい衿周りに、汚れの目立たない黒い繻子などの生地をかけ
補強と汚れが目立たない工夫をしたそうです。
現在の私たちが、シャツやブラウスを毎日洗濯機に放り込むのと違い、
着物は洗うとなれば大変です。その手間を軽減するために衿に黒衿を掛け
取り外して洗ったのが掛け衿だそうです。ソレモジャマクサイナァ…^^;


ところで、今現在私たちが当たり前に着用している「長襦袢」ですが、
これが一般的に着用されるようになったのは江戸時代中期以降だとか。
それまでの襦袢は、丈の短い袖なしの半襦袢に裾よけを組み合していました。
では、長襦袢はどうだったのかといいますと、これをまず着用し出したのは
江戸の遊女たちだったそうです。そしてそれが富裕層の人から徐々に一般にも普及し
現在のような長襦袢を用いるようになったのです。
その襦袢は、着物の下着という概念よりはもしかしたら
高価な着物の汚れを軽減するという目的が強かったのでは?とも思います。
何しろ、身分制度がはっきり分かれていた時代ですもの、
果たして着物の汚れを気にして生活を送れる人たちがどれくらいの割合でいたのか…???
何となくそんな余計な事を感じてしまう宗流です^^;


ちなみに。
お話がちょっと前後しますが、着物の掛け衿が黒色だったのには、
もう一つ大きな要因が関係しています。
それが結髪の発達です。当時の女性の髪は、鬢付け油でまとめていました。
しかし、TVで見るような髪形を維持するには、とてもたくさんの油で
髪を形づくる必要があります。
頭髪にそんなにたくさんの油をつけると、当然衿元は汚れてしまいます。
その汚れを防ぐためにも、黒い掛け衿は必要だった訳です。
また着装方としても、衿を詰めた形だと余計に衿が汚れてしまいますので
衿を抜いて着るようになったという事だそうです。
ちょっとしたオシャレからかな?と思っていた宗流。
これはちと意外なようで、でもナットク!のお話でした^^


ところでところで。
今の着物のお洒落小物として、なくてはならない「半衿」ですが
これがなぜ半衿と呼ばれるようになったかご存知でしょうか?
実はこれ、結構安直な(?)ネーミングなんです。
江戸時代の女性も同じく、襦袢に半衿を掛けてオシャレを楽しんでいたそうですが
この当時の衿は、生地幅を半分に切ったものを襦袢の衿に掛けていました。
その半分の生地からできた衿、また地衿の半分の長さの衿、
という所から襦袢の衿に掛けるものを「半衿」とよんだそうです。ナンテテキトーナ!!



それでは、恒例の(?)クイズコーナーです^^
きもの検定の三級~を受験される方などにご覧頂けると嬉しいのですが、
そうではない方もどうぞお気楽に挑戦なさってみて下さいね♪



1: 長襦袢が一般化するまでは半襦袢とセットで着用し、長襦袢の代わりをしていた
  裾よけですが、これには他の呼び方もあります。さて、何と言うでしょうか???



2: 江戸時代などは汚れや痛み防止のために、着物に黒繻子などの生地を使って
  掛け衿がされていたのですが、現在でも着物の衿には着物と同じ生地を使い
  地衿の上にもう一枚衿をかけています。さて、この衿を何と言うでしょうか???



3: 今現在は「半衿」と呼ばれる襦袢に掛ける衿ですが、江戸の元禄時代はこれを
  半衿とは違う呼び方をする事がありました。さて、何とよんでいたのでしょうか???




それでは答えです~!
※あくまでも宗流の解釈なので、単なる参考程度でとどめておいて下さいね^^



1: 蹴出し(けだし)といいます。
  よく時代劇なんかで町娘さんが走るシーンなどで、裾からちらりと赤や柄物のものが
  見えたりしますよね^^*
  ちなみに、着物の裾から蹴出しを見せるような派手な歩き方を
  蹴出歩(けだしあゆみ)というそうです。


2: 共衿・掛け衿・上衿・などとよばれます。
  和装の世界では、ものとしては一つでもその名称が複数あるものが
  結構あるように思います。
  また着物だけに限らず、お布団のへりに掛けるものもそう呼ばれます。
  


3: そぎ衿、といったそうです。
  これは半衿のネーミングとあまりかわらないのですが、生地幅をそいで作った衿、
  そこからそぎ衿とよばれたそうです。
  ただ、2の衿も「そぎ衿」とよばれる事もあるようです。
  この辺りは私の解釈がビミョーなのですが、暖かく見守ってやって下さい^^;



宗流
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# by sou-ryu_mame | 2011-02-02 22:30 | 半衿について

半襟の日

こんばんは♪
ここ数日続いた厳しい寒さも、今日は心なしか緩んだ気がする京都。
みなさまのお住まいの地域はいかがでしょうか?
この寒さの中、ご体調など崩されてらっしゃらないといいのですが…。
どうぞくれぐれもお身体御自愛下さいね!!



さて唐突ですが…みなさまは「半襟の日」という記念日があるのを御存知でしょうか?
この半襟の日、実は私も約五年前に今の会社にお世話になるまで
記念日登録がされている事すら知りませんでした^^;
以前の成人の日である1月15日がその日なのですが、
これは成人式という着物に関係の深い日である事から登録されたそうです。


私の働く会社は和装小物の製造メーカーなのですが、
特に刺繍半襟を主に企画製造しています。
呉服という範囲の中では、和装小物の占める割合は小さなものです。
その上、半襟というアイテムは襟元にほんの数cmしか姿を現さないもの。
ですが、その小さなアイテムは着姿にとても大きな効果をもたらします。

普段お着物をお召しになる方も、衿は白衿!と決めてらっしゃる方が多いかもしれません。
白い半襟は見た目にもとても清々しいものです。
ですが、その白色一つとってみても、その方お一人ずつに似合う白色があります。
赤みの白、青味の白、黄みの白…ごく些細な事ですが、
色白の方や、小麦色の肌の方など肌の色が千差万別のように
それぞれのお肌の色に似合う白色があるのです。
そして、色半襟や刺繍半襟は着慣れた感のあるお召し物の印象を大きく変えてくれます。
もし色半襟、柄半襟が苦手だと仰る方がいらしたら、
どうぞ一度白の色合いにこだわってみて下さい!
それだけでもきっとお顔周りをぐっと引き立ててくれますから^^

たった数cmですが、されど数cm。
その僅かな領域に、私たち製造メーカーは着物をお召しになられる方が
いかに魅力的に見えるかを考えて企画を立てます。
私は仕事柄、時々図案を描くことがありますが、
好きな絵を描く楽しみの一方で、その難しさを痛感します。
ただ好きなだけではいけない、そうしたジレンマでしょうかね^^;
なかなか上手くいかない事も多々ありますが
そこは一生涯何事も修行ですものね、精進あるのみ!でしょうか^^v


着物の衿は、下着の一部を表にあらわすという点では、
世界の服飾文化の中でもとても珍しいものだと言われています。
またそこに装飾を兼ねるという意識は、日本人特有の美意識のなせる業かもしれません。
けれど、和装の神髄は控え目な所にまで気を抜かない事!
出しゃばらない、控え目な美を演出する。
そんな商品が作れたら、そんな風に思う宗流です^^*





それでは、恒例の(?)クイズコーナーです^^
きもの検定の三級~を受験される方などにご覧頂けると嬉しいのですが、
そうではない方もどうぞお気楽に挑戦なさってみて下さいね♪



1: もともとは花柳界などで用いられる言葉なのですが、
舞妓さんなどが芸妓さんへと変わる事をさし、少女時代の赤い衿から大人の白衿へと
掛け替える風習を、衿という言葉を使って何と言うでしょうか?



2: 男性も女性も、お襦袢の襟には半襟を掛けて着用しますが、男性用と女性用の衿は
形状(?)に大きな違いがあります。それはどこで、なぜそうなのでしょうか?



3: 中国の故事から生まれた言葉で、占人である司馬季主という人物が
講和する際、それを聞いていた人々はその見識の深さに自然と身ずまいを正した、
という事から成語したものがあります。衿という言葉を使ったその故事成語は何でしょうか?




それでは答えです~!
※あくまでも宗流の解釈なので、単なる参考程度でとどめておいて下さいね^^



1: 衿替えといいます。
年若い舞妓の見習いさんを雛妓さんや「半玉」というのですが、その少女たちは
赤い衿を掛けていたため、赤襟さんとも呼ばれたそうです。
また半玉さんは肩揚げをとっており、髪型や帯結びも違うそう。何だかカワイイですね^^*


2: 幅も違うのですが(男性のものの方が幅が狭い)特に長さの違いがあげられます。
これは女性は襟を抜き加減に着るのに対し、男性は襟を抜きません。ですからその分
衿の長さが短くなっています。


3: 襟を正す
これは衣服の乱れを正し、心や行いを正すという意味でしばしば使われます。
でも、これは案外洋服でもそうかもしれませんね。シャツのボタンを一つあけると
ラフな感じがしますもの^^



宗流
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# by sou-ryu_mame | 2011-01-20 00:22 | 半衿について

睦月の節句

こんばんは。
しばらく更新も滞っておりました間に、
今年も明けて、随分日にちが経ってしまいました^^;
みなさま、本年の幕開けはいかがでしたか?
今年もみなさまにとりまして、更なる飛躍の年となりますよう
心よりお祈り申し上げます^^
不定期な更新とはなりますが、どうぞ本年も宜しくお願い致します。


さてさて。
今年最初の「宗流まめ知識」ですが、
今日はまず、しょっぱなから残念なお話を…。
昨年の年末、とうとうお家にやってきました!
「きもの文化検定の不合格通知」が!!!
…結果はあと3点。
今さらながら、ケアレスミスが悔やまれます^^;
今年も出題ミスで、一生懸命読んだ源氏物語の課題図書は
全問正解の絶対の自信があったのに、何も答えなくても全員5点配点だそう。

…こういう問題、毎年ある気がします。
まぁこれも時の運。仕方がないとは思うのですが、
やっぱりちょっと残念な気は否めません。
でも、その前の試験よりは点数も上がりましたし、
お勉強した事が無駄になる訳でもありませんから、
今年も秋に再挑戦したいと思います!ガンバルゾ~!!


では、気を取り直して今年最初のお話です^^

もう過ぎてしまいましたが、今年も10日に全国で成人式が行われましたね。
今年もたくさんの新成人がスーツに羽織袴(!)・振袖姿でこの日を迎え、
宗流も何人かそんな振袖姿の女の子たちを街中で見かけました。
この時期はお正月といい、成人式といい、可愛らしい着物姿の女の子を見る事ができ
和装関係者の宗流は、嬉しく思います^^*

さて、この成人式、本来の意味としては成人としての成長を祝う行事で
古くは男子の元服、平安時代の女子の裳着にあたるといわれており
今の成人式という形式で正式に施行されるようになったのは、
戦後の1949年だそう。宗流、もっと以前からあるものだと思ってました^^;
いつの間にか1月15日から第二月曜にもなりましたし、
結構この成人式って新しいものですものね、もしかしたらこれからまだ
色んな事が変わってゆくのかもしれませんね!

ところで…
成人式を始め、人が誕生から天寿を全うするまでの一生の間で
節目節目となる日に、その成長や状態を祝う儀式を通過儀礼と呼び、
お宮参りや七五三、成人式や結婚式などがそれに当たります。
そして人の一生の中に節目があるように、一年を通じても節目があり
季節ごとに行われる風習を年中行事といい、
その行事の謂れとなる節目の日を節句と呼びます。

また、この節句の中で江戸時代に幕府が公的なものとして制定した
五つの節句を総称して、現在でも「五節句」と呼ばれています。
これは私たちの生活の中に今も残っている物もあり
みなさまもよくご存知かもしれませんね^^
以下がその五節句です。


●人日・1月7日  (じんじつ) 
●上巳・3月3日  (じょうし/じょうみ) 
●端午・5月5日  (たんご)  
●七夕・7月7日  (しちせき/たなばた) 
●重陽・9月9日  (ちょうよう)


今日はこの節句の中から、一月の「人日の節句」のお話です。  
この節句より、もしかしたら「七草粥の日」という方が耳慣れて
らっしゃる方の方が多いかもしれませんね^^

実はこの人日の節句、別称「七草の節句」とも言われています。
これは古来中国から伝わった風習で、この日中国では七種類の野菜を加えた
とろみのある汁物(羹=あつもの)を頂く風習があり、
日本でもそれを取り込んだものが発生と言われています。
それが現在の「七草粥」の始まりで、お正月のご馳走に慣れた胃を
お粥で癒すという意味の風習は、少し後になって出来たものだそうです^^

また、このなかなか耳慣れない「人日」という言葉にも謂れがあります。
これも中国から伝わったもので、元日から七日までの各日に対しての
殺生の戒めだといわれており、
元日は鶏・二日は犬・三日は猪・四日は羊・五日は牛・六日は馬。
そして七日は人で、この日には犯罪者の刑罰が行われない日だそうです。
日本でこの本来の人日に対しての謂れがいま一般化しているかは謎ですが、
何にしろ平安時代に伝わった七草の風習は、江戸時代になって一般に定着し
現在に至っています。


ところで、この七草。みなさまは全て当てられますか?
ここで、今年最初のクイズコーナーです^^
きもの検定の三級~を受験される方などにご覧頂けると嬉しいのですが、
そうではない方もどうぞお気楽に挑戦なさってみて下さいね♪
2、3の問題はもしかしたら京都以外の地域ではあまり一般的ではないかもしれませんが
お話のネタとして挑戦してみて下さいね!


1: 人日の節句は「七草の節句」とも呼ばれますが、
 この7つは何でしょうか?
 


2: 元日から小正月(旧暦の1月15日・現在は新暦でも)までの間、
 または1月7日までの日を差し、正月飾りを飾っておく期間を何と呼ぶでしょうか?
 


3:正月飾りの一つで、門松のように表に飾る根のついた松の祝い飾りを何と呼ぶでしょうか?


それでは答えです~!
※あくまでも宗流の解釈なので、単なる参考程度でとどめておいて下さいね^^


1:

芹(せり)
薺(なずな)
御形(ごぎょう)
繁縷(はこべら)
仏の座(ほとけのざ
菘(すずな)
蘿蔔(すずしろ)

よく見聞きするところですと…
芹は普段からよく目にしますね。すずな、すずしろは蕪と大根。
なずなはペンペン草です。

ちなみに、平安時代に編纂された「延喜式」に登場するお粥は、
七種類の穀物を加えたお粥だったとか。
またこの七草だけでなく、小正月に頂く「小豆粥」も有名で、古くは
「土佐日記」や「枕草子」にも登場します^^


2:松の内
地方によって異なるそうですね~。
ちなみに京都を始め、近畿地方では15日までを
さしますが、最近は3日、7日が多いかもしれません^^


3:根引き松といいます。
これは根のついた松の苗木の根元を白い和紙でくるみ、紅白の水引で結んだもので
門松と同じく、歳神さまが各家を訪れる際の依り代となるそうです^^
どうなんでしょう?京都では一般的ですが、他地域ではどうなのかしら???



それでは、今年一年も元気に張りきってまいりましょう~!!



宗流
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# by sou-ryu_mame | 2011-01-16 18:21 | 節句・節気について

2010 正倉院展 その3

こんにちは。
今日は土曜日ですね♪
普段は会社員の宗流、一週間で一番気分がほっこりする一日です。
(↑お仕事の土曜日もたくさんありますが^^;)
みなさまはどんな週末をお過ごしでしょうか~?


さて。
しばらく投稿の期間があいちゃいました…。
前回の「2010 正倉院展」のお話の最終回がUPできていませんでしたので
知らないふりをして、こっそりとお送りいたします^^
前回までのお話はこちら→vol.1 vol.2
では、さっそくまいりましょう~!!



本日ご紹介いたしますのは、正倉院宝物の中でもよく知られる
特徴的な染色方法を施した宝物三点です。

まずはこちらから。


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一枚目は「夾纈羅中幡残欠(きょうけちらのちゅうばんざんけつ)」です。

「幡」というものは、寺院などで教団の標幟として用いられました。
右側の端に三角形の部分が見えるかと思いますが、これを幡頭(ばんとう)といい
その下につながる長い生地を幡身(ばんしん)といって、
そこに絵や文字が書かれていたそうです。

少し解りづらいのですが、この幡身にも大きな華文が描かれています。
そして、その染色技法はこの宝物の題目となっている「夾纈」です。
夾纈は「きょうけち」と読みます。なかなか聞き慣れない言葉ですが、
実はこの夾纈、現代の私たちも目にする機会のおおい染色技法なのです。
夾纈の文字を分解してみると、「夾」=はさむ 「纈」=しぼり と読み、
これはどちらも技法をあらわします。
もうお分かりでしょうか、これは現代でいう「板締め絞り」の原型です。
板締め絞りは、染色や染め抜きたい形に作られた木型で生地を強く挟んで固定し
染色を施す技法です。
手拭いや浴衣地、帯なんかにもこの幾何学的な模様は目にする事がありますね^^


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そして、二枚目は「鳥草夾纈屏風(とりくさきょうけちのびょうぶ)」です。

これは屏風の扇(せん)の部分です。
屏風は蝶番などで絵の描いてある面が数枚つながっており、その面が六枚あれば
六曲屏風とよばれます。またこの面のことを「扇」とよび、先の六面の屏風などは
六扇屏風とあらわします。
またこの六曲屏風を数える単位を「一畳(じょう)」とよび、正倉院の宝庫には
この六扇一畳の屏風が十数畳おさめられているそうです。
ちなみに、この六扇一畳の屏風を二帖併せて一具(ひとよろい)と数えるそう。
…古くからあるものの数え方ってややこしいですね^^;

この鳥草夾纈屏風も、夾纈が染色技法として使われており、
鳥はキンケイ、草花はタチアオイが描かれています。
キンケイという鳥は、よく正倉院の宝物に描かれる種類の一つです。
キンケイは金鶏とあらわすのですが、種類としては鶏ではなくキジの仲間です。
名前の通り金色に輝く羽毛でおおわれた美しい鳥なのですが、
孔雀やオシドリなどと同じく、艶やかな姿形は雄だけで雌は非常に地味な鳥です。
…何だか、女性の方がお洒落好きな人間とは真逆ですね~。

少しお話が逸れてしまいましたが、この夾纈は奈良時代に盛んに用いられた技法なのですが
その後は急激に廃れてしまいます。
しかし、古くから行われていた技法とはいえ、その技術は大変高度なものといわれています。
先の幡のお話でも少し触れましたが、夾纈は板で生地を挟んで防染するというもので
同じ型で染め上がった生地には、当然のことながら同じ文様が染められます。
現在では同じ模様を量産することは何でもない事ですが、
夾纈が使われる以前など、織以外の染色で同じものを量産する事は大変困難だったでしょうね。
そんな中でこの夾纈の技法は当時はきっと画期的な技法だったのでは?
そんな風に宗流は思います。


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三枚目は「白橡綾錦几褥(しろつるばみにしきのきじょく)」です。

几褥とは、仏前に供物などをささげる際に机の上に敷く敷物をいいます。
簡単にいえば、現在のテーブルクロスのようなものでしょうか^^
また白橡は古代の色の名前です。これはクヌギなどのどんぐりがなる樹木の樹皮や実を使い
染められたものをさすのですが…宗流、この白橡ってイマイチよくわかりません。
色としてはやや赤みのある薄い鈍色系統の色なのですが、
これという表現がなかなか思いつきません。ゴメンナサイ
ちなみに、一般的によく聞くどんぐりや樹皮で染めた橡色は、赤みのある深い鈍色です。

この几褥をよくご覧頂くと、どことなく南国風の雰囲気を感じて頂けるかと思います。
(スミマセン!とても見にくいかと思います。ゴメンナサイ)
文様は中央に実を付けたナツメヤシを配し、その樹下に二頭のライオン、
またその脇には鞭を持った男性があらわされています。
画像を取り込んだ正倉院の図録には、中国からの舶載品か国産のものか不明とあったのですが
文様のもつ雰囲気としては、遠くはローマや東西アジアなどの各国の影響を
受けたものである事がうかがえます。

このライオン(獅子)をモチーフにした文様は、正倉院の宝物にも多く見られ、
樹木と共に描かれたものや、人物を配したものなど多様です。
これはサテン朝ペルシャから渡来したものと言われているのですが、
獅子をモチーフにしたものでもう一つよく聞くものに「唐獅子」があります。
ペルシャ渡来の獅子は実在のライオンをモチーフにしたものが多いのですが、
唐獅子は名前からも解るように中国のもので、空想上の生き物です。
同じ「獅子」をモチーフにしたものでも、微妙に違いのあるところが面白いものですね^^




では、ここ最近ようやく恒例となった(?)クイズコーナーです^^
きもの検定の三級~を受験される方などにご覧頂けると嬉しいのですが、
そうではない方もどうぞお気楽に挑戦なさってみて下さいね♪



1:奈良・天平時代、特に盛んだった染色技法三つを総称して、
 「天平の三纈」とよんだそうです。
 この三纈の一つは夾纈なのですが、さてあとの二つは何でしょうか?


2:正倉院文様の中には、動物をモチーフにしたものが多く見られ、
 獅子をモチーフに用いたものも多数あります。中でも馬上の騎士が獅子を射ようと
 する様を描いた( ① )や、口を開いた獅子の顔を並べた( ② )などがあります。


3:唐獅子は中国の空想上の動物をあらわしたものですが、単体で描かれるだけでなく
 花や樹木、自然の風物などとも併せて描かれます。中でも能の「石橋」では、
 文殊菩薩の使いの獅子が、咲き乱れるある花の中を舞い踊るという場面があります。
 この花と獅子を併して描かれる文様を何というでしょうか?



それでは答えです~!
※あくまでも宗流の解釈なので、単なる参考程度でとどめておいて下さいね^^


1:天平の三纈…夾纈(きょうけち)・纐纈(こうけち)・﨟纈(ろうけち)の三つをいい、
夾纈は板締め絞り、纐纈は絞り染め、﨟纈はロウケツ染めをさしています。
どれも名称・呼称は変わりますが、現代にも見られる技法ですよね^^


2:①獅子狩文 ②獅噛文(しがみもん)といいます。
龍村美術織物さんの生地なんかでもよく目にする事がありますね。
ちなみに、宗流は獅噛文と記憶していたのですが、「獅子噛文」と、表記されて
いる場合もあるようです。


3:唐獅子牡丹
獅子はよく百獣の王とされますが、牡丹も「百花の王」とよばれます。
もちろん無数にあるものの中で、それぞれに美しさを持つ花ですから、
どれを一番とするかは難しいでしょうけどね^^;



宗流
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# by sou-ryu_mame | 2010-11-20 18:23 | お出かけ

2010 正倉院展 その2


こんにちは。
祝日も終わりに近づいてしまいましたね~^^;
でも、普段は仕事で日中お家にいない宗流、
平日の午後をお家でまったりと過ごせるのは至福の時。
今日はのどかな時間が流れています♪


さて。
本日二度目の「宗流まめ知識」
今回は日曜日に出かけた正倉院展からのお話です。
前回に引き続き、どうぞよろしくお付き合い下さいね^^



それでは、今回はこちらから。
画像を二枚続けてご覧頂きます。


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一枚目は「曝布彩絵半臂(ばくふさいえのはんぴ)」
二枚目は「橡地臈纈絁袍(つるばみじろうけちあしぎぬのほう)」です。


どちらも衣服のかたちとなった染織品ですね。
まず一枚目の「曝布彩絵半臂」から見てまいりましょう。
この曝布とは、白く晒した麻布の事をさします。また半臂とは、
袖なしや短い袖がつき、裾にスカート状の欄(らん)よばれるものがついた、
装束風の上着をさします。(この画像には欄は見られません)
この半臂は各パーツを同素材のもので仕立てられておらず、身頃の部分には白く晒した麻布、
衿や衽、袖の濃い色の部分は浮紋錦、腰紐には綾織、裏地には絁が使われた
袷仕立ての半臂となっています。
そして、身頃の部分をよく見て頂けると見てとれるのですが
鳥の模様が見られると思います。これはインコやキンケイといった鳥なのですが、
正倉院文様にはインコや鳳凰など、実在・空想のものにかかわらず
鳥の文様のものはたくさんみられます。
前回の含綬鳥もそうですね^^
今現在では褐色に退色していますが、もとは顔料で赤や緑などの極彩色を施した
美しい半臂だったそうです。


次に「橡地臈纈絁袍」です。
こちらは袍とよばれる丈の長い衣服で、宮中の公事の際に男性が用いた衣服です。
今でも神職の神主さんなどが大切な神事などで着用している衣服が袍です。
そちらをご覧になった経験がおありの方は多いかもしれませんね^^
また、源氏物語などの平安時代の貴族をモチーフにした映像や絵をご覧になられた際、
宮中の男性がゆったりと衣服を身につけているのを目にする事があります。

それは直衣(のうし)の場合もあるのですが、特に位の高い人物などが身につけている
衣服は、袍とよばれるものでした。
これは奈良時代頃より、中国文化の影響を受けて発達した衣服で、
日本でも着用されていたのですが、藤原時代に入って遣唐使が廃止され
日本の国風文化が発展した際には、当時の貴族の風雅な生活様式に合わせて
アクティブさを必要とされない、ゆったりとした袍が生まれました。
藤原時代になると、袍の袖も広袖のゆったりとしたものになったという事ですので
こうした筒袖状のものには、袍の原型の形跡が見られるのかもしれませんね^^

この橡地臈纈絁袍は、表裏を別々の絁で合わせた袷仕立てで、
生地の間には綿が入っています。
また表地は臈纈:ロウケチ(ロウケツ染め)で襷文様が染め抜かれています。


さてさて。
まずこの二点をご覧頂きまして、次は衣服としてのお話に移りましょうか。

この一点目の「曝布彩絵半臂」ですが、名前こそ半臂というなじみ浅いものですが
形をよくご覧頂くと、今現在私たちが着用する「きもの」ととてもよく似ています。
衿の合わせや衽があり、衿の合わせ方は今と同じ右前になっています。
(これは養老三年(西暦719年)に発令された衣服令により
衿を左前に合わせていたものを、右前に合わせる右衽着装法と改めました)

また二点目の「橡地臈纈絁袍」は、きものの前合わせとは違う衿の形をしており、
高さの低い詰襟状という感じです。これを盤領(あげくび)といい、
半臂のような衿の形を垂領(たりくび)とよんで区別しています。


いま私たちが着用しているきものは、近い時代では小袖を原点にしたものと
いわれていますが、きものの形としてはこの奈良時代にある程度が完成された
のかもしれませんね。


…今日はもう少しご紹介したいと思っていたのですが、
気がつけばこれまた長いお話になってしまいました^^;
残りはまた次回でご紹介してまいります!



では、前回から始まったクイズコーナー(?)です^^
きもの検定の三級~を受験される方などにご覧頂けると嬉しいのですが、
そうではない方もどうぞお気楽に挑戦なさってみて下さいね♪




1:曝布(ばくふ)とは白く晒した麻布をさしますが、糸の段階で漂白しない麻糸を
何というでしょうか?



2:現在私たちが着用するきものの衿合わせは右前(右の衿を先(下)にあわせる)
  ですが、719年に発令された衣服令以前には左前に合わせていました。
  その着装方法は何とよばれていたでしょうか?



3:唐(中国)の文化や情報を日本に伝える目的で派遣された遣唐使ですが
894年に平安時代の貴族(学者であり政治家)である人物の建議によって遣唐使は
  廃止されます。その人物は誰でしょうか?



4:綿入れとは冬季の防寒用の衣服で、表布と裏地の間に綿を入れて仕立てたものを
  いいます。これらには現在も幾つか種類がありますが、それらはどんなものでしょうか?




それでは答えです~!
※あくまでも宗流の解釈なので、単なる参考程度でとどめておいて下さいね^^ 


1:生平(きびら)
  滋賀県彦根市、高宮町の特産品だそうです^^
  (↑他にもあるのではないかと思いますが、滋賀県しか解りません。ゴメンナサイ!)


2:左衽着装法(さじんちゃくそうほう)
  洋服は男性・女性で違う場合もありますが、きものは男女とも現在は右前です。
  左前に着装するのは死者の装束に用いられますね。


3:菅原道真(すがわらのみちざね)
  学問の神様としても有名ですよね^^


4:丹前(たんぜん)・半纏(はんてん)・どてら・ねんねこ・ちゃんちゃんこ、
  などだそうです…とはいえ、宗流はどてら、ねんねこがいま一つよく解りません^^;
どてらって、丹前と同じものなのかしら???



宗流
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# by sou-ryu_mame | 2010-11-03 17:01 | お出かけ

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