宗流がお届けする小さな豆知識。
by sou-ryu_mame
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A design of the 「江戸」


こんばんは。
本日の京都は、暖かかった昨日より更にいい陽気となりました。
今週はいいお天気が続くとの予報でしたが、
気温の方も比例して上がって欲しいと
切に願う、極度の寒がりの宗流です。


さて。
本日のお話はきものの中の「琳派」についてのお話です。
琳派と一口に言っても、あまりにテーマが大きすぎるため
ごくかいつまんでのお話となりますが、
どうぞよろしくお付き合い下さい。


「琳派」と言ってまず最初に思い浮かべる方が多いものに
「風神雷神図」があるかもしれませんね。
風の神様と雷の神様が2曲1双の屏風に描かれているもので、
現在では国宝にもなっている、この風神雷神図を描いた
「最初の」画家が「俵屋宗達」です。
…ちなみに、上記に「最初の」とあえてつけたのは、この宗達の
「風神雷神図」は、後に「尾形光琳」「酒井抱一」によって
模写されているからです。

この琳派の代表的な画家の中から、今日は主に「尾形光琳」の
お話を中心にお伝えしたいと思います。


尾形光琳は、江戸時代の1600年代半ばに、京都で誕生した画家です。
この光琳には実の弟で「尾形乾山」という陶芸家がおり、
乾山が作った茶器に、光琳がデザインを施すといった具合に
兄弟揃って琳派の代表的な芸術家として知られています。

ところで、「光琳」といえば、きものの世界の中にも
この名前を冠した有名なものがあります。
「光琳梅・光琳波」などの文様です。
光琳梅は、梅の輪郭に花弁だけをあしらった、ごく単純化されたもので
光琳波は、特徴的な曲線で表された水面をさします。
そしてこの文様は、江戸時代に大流行をみて以降、
現在でも大変人気のある意匠の一つです。


この「画家・尾形光琳」なのですが、実はまんざらきものの世界と
無縁の人物ではないのです。
光琳・乾山の生家は、「雁金屋」という大きな呉服商だったのです。
光琳が誕生した頃などは、大層裕福な商家だったようで
そのおかげで光琳は幼い頃から能や茶道などの芸能に触れる機会が多く
それが画家としての根底にあったのかもしれません。

そして、光琳の個性的な作風は屏風や軸などの
絵画だけに留まらず、当時の裕福な女性たちの小袖にも描かれ、
それが人気を博し、徐々に富裕層以外の女性たちの
きものにも「デザイン」という形で浸透していったと言われています。

今もきものや帯の意匠としてだけでなく
アートやインテリアの世界でも人気の光琳デザイン。
当時の光琳自身が、何百年後の私たちにも同じように
愛着を抱かせるものになると画策していたかは別として、
その当時の光琳は画家としてだけでなく、現代でいう売れっ子の
「デザイナー」および「テキスタイル作家」であったのでしょうね。



宗流


和装小物 宗流
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by sou-ryu_mame | 2009-04-07 19:20 | 文様について

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