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きもの検定 きものの歴史 その3



前回は、飛鳥・奈良時代までのきものの歴史をお伝えいたしました、
今回はその続き、平安時代のお話です。

きものの歴史 その2


日本の地において、大陸の文化が大きく影響を与えた奈良時代、
その後平安時代に入っても、しばらくの間は前時代の流れが
続いていたのですが、やがて大きな変化を見るようになります。
それは、日本の国風文化の発達です。

平安時代中期まで、日本は中国の文化に多大な影響を受けていたのですが
菅原道真によって遣唐使が廃止されたのを契機に、
大陸式の文化に変わり、日本独自の文化が花開いたのです。
またそれは衣服に関しても同じ事がうかがえます。



平安時代といって、まず最初にイメージで浮かぶのは
貴族の女性が身に纏う、十二単を始めとする女房装束
仰る方も多くいらっしゃることでしょう。
この平安時代は日本の衣服史の中でも、華やかさと
色彩の豊富さでは比類なきものといえるかもしれません。
美しい姫君が纏う十二単は、彩り豊かな色彩イメージを
今も私たちに与えてくれます。

また奈良時代の大陸文化は日本の衣服史に大きな影響を与えましたが
次世代の国風文化にも、引き続き受け継がれたものがあります。
それは、労働に従事しない身分の高いものは、
活動的でない衣服を着用する事がよしとされる概念でした。
そのため、日本独自の衣装である貴族女性の十二単や、
男性の束帯にも、ゆったりとした身幅や丈のものが採用されたのです。
特に女性の十二単などはその最たるものなのでしょうね。
何しろ、あれほど裾を長く引いた衣装で活動的になんて
とても動けそうにありませんもの^^;



この時代の衣装(装束)をざっと見てみますと…
まず男性の装束は、礼服(天皇の即位式等に用いられる)
文官束帯(天皇・文官・位の高い武官の装束)、
武官束帯(四位以下の武官の装束)、衣冠(男性の略礼装)
直衣(のうし)(天皇、皇太子、親王、公家の普段着)
狩衣(かりぎぬ)(公家の普段着)
水干(すいかん)(下級官吏・地方武士・庶民の平服であったが
後に武家の礼服となる)

女性の場合は
礼服(天皇の即位式に出席する女官の衣装)
十二単(位の高い女性の着用する衣装)、
(うちき)(十二単ほど格式張らず、平服より改まった衣装)


…といったものが挙げられます。
これらは主に上流階級や役人といった人々のものですが、
何だか文字から見るだけでも、堅苦しい気がします。
まぁ気軽・身軽でない事がよしとされるのですから、仕方ありません。。
そう思えば、女性たちの衣装がこうした活動的でないものだからこそ
内なる感覚が鋭敏となり、源氏物語や枕草子などの、
女流作家による作品が多く生まれたのかもしれませんね。



そして、この上流階級の衣装が表す日本的文化の真骨頂として
色や重ね着の妙があります。
ですが、これはまた少し長いお話となりますので、
こちらは次のその4にて触れてみたいと思います。
それでは、今日はこの辺りで…。



きものの歴史 その4へ続く




宗流
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by sou-ryu_mame | 2010-07-19 10:08 | きもの検定について

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