宗流がお届けする小さな豆知識。
by sou-ryu_mame
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きもの検定 通過儀礼について


こんばんは。
今週も一週間が終わりました。
明日はお休みだと思うと、前の日の夜は何となく
気分的にほっとする宗流です^^


さて。
前回は年中行事のお話をさせて頂きましたが
今回はその延長で、人生の節目節目で出会う行事、
通過儀礼」のお話です。
少し長いお話となりますので、今日はさくさくとまいりましょう!


人が人として生まれ、その命を全うするまでの期間、
その節目にはそれを祝うための行事がたくさんあります。
そして、そのそれぞれの行事にはその場に相応しい装いもあります。
本日はその中でも子供の行事ときものの関係のお話を中心にお送りいたします。


宮参り


子供が誕生し、最初の通過儀礼が宮参りです。
一般には男児は生後31日目、女児は33日目という地域が多いものの、
現在では約一ヶ月後に行われています。
この時、赤ちゃんには初着を着せ、その上に お祝い着(男児はのしめという)を
着せかけます。
このお祝い着は背縫いをしないで幅いっぱいを身頃に使ったもので
帯のかわりに幅の広い紐が付いています。


※ 子供用の背縫いのない一ツ身の着物を着ると魔が差す、
といわれる事から、子供の着物の背中には「背守り」という背縫いに見せた
縫い目を入れる事があります。また「押絵紋」という花や季節の風物を
モチーフにしたアップリケのようなものを付ける場合もあります。



七五三


毎年11月15日に、三・五・七歳に達した子供に晴れ着を着せ、神社にその成長を
祈願する行事が七五三(地域によっては紐落としという)です。

三歳児の祝いの原型は、平安時代に始まった「髪置き」という儀式に起源を持ちます。
これは男女とも髪を伸ばし始めるという儀式だったと言われています。
現在ではこの三歳の祝いには(女児)、三ツ身の着物に柔らかな生地で作った
兵児帯のようなしごきを締め、その上から被布を着せます。


五歳児の祝いの原型は、平安時代の公家階級で行われていた「着袴(ちゃっこ)」
という儀式から生まれました。これは文字の通り、初めて袴を身につける儀式
と言われています。
五歳児の装い(男児)は、大人のものと同じ五つ紋の羽織袴を身につけます。


七歳地の祝いの原型は、室町時代頃から行われていた「帯解き」と呼ばれる儀式が
起源で、この頃から初めて帯を締める儀式とされています。
七歳児の装い(女児)は被布を付けない四ツ身の長袖の着物姿で、帯解きの由来どおり
子供用の帯を締め、帯下にはしごき、胸元には筥迫(はこせこ)を飾ります。


※ 三ツ身・四ツ身は、身丈の三倍・四倍の布地で身頃を裁つことから
そう呼ばれるようになりました。



十三まいり


十三参りとは数え年で13歳になる男女が虚空蔵菩薩や寺社仏閣にお参りする行事で
18世紀頃から始まったとされています。
この頃の女子の着物は、本裁ちのものを肩揚げし、おはしょりを取って
大人用の帯を締めます。またこの頃の肩揚げした着物を、成人式に着用する
場合もあります。



現在のように、子供が生まれてその子が無事成人する事が当り前では
なかった時代、こうした子供の通過儀礼は特別な意味合いを持っていたようです。
今でこそこうした行事はお祭りのような雰囲気がありますが、
かつては子供の成長を切に願う気持ちが強かったのでしょうね。
現在なら子供が生まれ、その子供が身につける衣服に関しては
着心地が良く、愛らしいものが好まれるのでしょうが、
昔はこどもの初着に麻の葉の柄をよく着せていたそうです。
これは麻の葉が成長が早く、またまっすぐ伸びていく事、
そしてこの柄が魔よけの模様と言われており、親が子供に健やかな
成長を願う事からだそうです。

けれど、子供の健やかな成長を願うのはいつの時代も同じ。
今年もあと二カ月ほどすると、そうした愛情をたくさん受けて元気に笑う
子供たちの姿があちらこちらで見られるのでしょうね^^



宗流
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by sou-ryu_mame | 2010-09-11 00:33 | きもの検定について

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