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きもの検定 課題図書「源氏物語・花宴」




こんにちは。
連休二日目、みなさまよい休日をお過ごしでしょうか^^
昨日は強い雨の降った地域も多かったのでしょうが
全国的に今日はどうなのでしょうね。こちら京都は気候も爽やかで
よいお出かけ日和になりました^^v

とはいえ…うっかりしていると、きもの文化検定ももう来週です。
10月の声を聞く頃から、宗流は身の周りが慌ただしくなり
いま一つ勉強どころではなかったのですが、それも言い訳になっちゃいますものね。
何かと忙しくされているのは、どなたも同じです。
あと一週間、今年も微妙ながらもう少し頑張ろうと思います!


さて。
もしかしたら検定までのお勉強は今日が最後かもしれませんので、
今まで一度も触れていなかった「課題図書」のお勉強をおさらいしておきましょうか。
今年の1級の課題図書は、瀬戸内寂聴訳「源氏物語・巻二」より「花宴」です。
昨年は「桐壷」でしたが、実は宗流、去年はこの課題図書の存在を全く見落としていて
全く何も手つかず状態でした^^;
あとあと見れば、課題図書からはそれほど難しい問いはされてなかったのに…
と、かなり悔しい思いをしたので、今年はちゃんと見直します^^

「花宴」は、源氏物語の中でもとても短い章ですが、後の源氏の君のお話でも
とても重要な女性となる「朧月夜」との出会いの場面が描かれています。
この朧月夜は、源氏の婿入り先の左大臣と勢力を二分する、右大臣の六番目の娘で、
桐壷帝(当時は東宮)の最初の妃、弘徽殿女御を姉に持つ、とても高貴な女性です。
簡単に源氏と朧月夜の関係を説明すると、源氏の母である桐壷の更衣が桐壷帝に
最も寵愛を受けたのが気に入らない弘徽殿女御の妹君(朧月夜)と、弘徽殿女御に
目の敵とされている源氏の、今でいう「道ならぬ恋(?)」といった所でしょうか。
しかも、この朧月夜は源氏の兄、東宮の婚約者でもあるのです。
ロミオとジュリエットもびっくりの二人の恋ですが
…それってどうなの、源氏くん。と、いう気がしないでもない宗流です^^;

二人の出会いは、当時の二月の下旬。南殿で催された花の宴に始まります。
そこで酒に酔った源氏が、恋焦がれている「藤壺の宮」に出会う隙がないかと邸を
うかがい歩いている際に、「朧月夜に似るものぞなし」と歌を口ずさみむ
一人の美しい女性と思わず(?)関係を結んでしまいます。
そこから源氏の、朧月夜に恋焦がれる日々が始まるのですが、
…たぶん、こうした源氏の色恋話は検定に何ら関わりがあると思えないので
今回は残念ながら割愛させていただきます。

この「花宴」は先にも述べたように、短い章ではあるのですが、
一ヶ所当時の貴族の装いがよくあらわされている場面があります。
それが源氏が藤の花の宴に招かれた際の装いです。



桜襲の唐織物の御直衣に、葡萄染の下襲の裾を長く引いて、他の人は皆、束帯の正装のところへ
しゃれた皇子らしい装いのお姿も優雅に、人々にあがめかしずかれて宴席に入っていらっしゃった
御様子は実に水際立っておられます。(以下省略)




上は「花宴」の一文の抜粋ですが、この源氏の装いを説明させて頂くと
桜襲(さくらがさね)の唐風の衣装=直衣に、葡萄染(えびぞめ=深い赤紫色の染物)
の裾を長く引いた下襲を着用した源氏の様子(大君姿)が描かれています。
そしてその他の者たちは正装である束帯を着用しているのですが、皇子である源氏は
その中でも優雅さが際立っているという意味合いです。

この中で注目して頂きたい幾つかの点があり、まず一つ目は「桜襲」です。
これは生地が重なった様子を示す言葉です。本来「襲のいろめ」というのは上着の表裏、
または衣と衣の重なったもの、生地の経糸・緯糸を示すものです。
この「桜襲」は色の重なりをあらわすと、表が白・裏が紅色をさしています。
(桜襲は表が白で、裏には紅や赤、蘇芳・紫など諸説あります)
そして唐織物は唐から伝わった綾織りの生地をさします。
(本文では省略されていますが、この場面の源氏の直衣は「綺」という生地だそうです)

また葡萄染とは深い赤紫色の染物なのですが、「ぶどう」とは読まず「えび」と読みます。
これはこの紫色が山ぶどうの「えびかずら」から由来された事に始まり、古くはこの
紫色を「えびいろ」といったそうです。
えび=海老と思ってしまいそうですよね。でも余談となりますが「海老色」という色もあるんです。
こちらは紫色ではなく、赤みがかった茶色で伊勢海老の殻のような色合いです。
「下襲の裾(したがさねのきょ)」とは、この直衣の下に着用した裾の長い衣服の事です。

次に束帯です。これは「昼(ひの)装束」ともよばれるもので、天皇以下の公家の正装です。
袍(ほう)とよばれるゆったりとした衣服を、石のついた石帯(せきたい)で着用する事から
束帯といわれています。
この時代は皇族に仕える臣下の方が正装をするため、皇子である源氏の方が幾分気軽な
直衣姿であったのに対し、他のものは束帯で正装していた、という事です。


もしかしたら、以前お話させて頂いた「きものの歴史」の中の直衣の説明をご覧頂いた方が
いらっしゃると、直衣の下に下襲はつけないんじゃない?という方がいらっしゃるかもしれませんね。
確かに通常では直衣の下には下襲は引かないのですが、この下襲の裾を長く引いたものを
直衣布袴(のうしほうこ)といいます。
これは通常、貴族が平服として用いていた直衣の正装スタイルともいうべきもので、
直衣の下に裾をつけた下襲を用い、指貫(さしぬき)という裾を括った袴を着用します。
そこに石帯をしめるのですが、この石帯は省略されることもあるようです。
これが直衣布袴とよばれるものでした。


文章で説明させて頂くと、少しわかりにくいかもしれませんね。
ですが、このあたりは心の目でイメージを膨らませて下さいね^^;
この「花宴」で、きものに関する記述はこのあたりしか見当たりません。
とはいえ、これはあくまでも宗流の解釈ですので当てになさらないで下さいね。



最後に、お話を少し本文へ戻しましょう。
この花宴で関係を持った二人ですが、ここから朧月夜の人生は変わり始めます。
源氏との関係が露呈し、東宮(朱雀帝)の女御としての入宮は解消してしまうのですが、
のちに女官の一つ尚侍(ないしのかみ)として朱雀帝に仕え、帝に寵愛を受ける事になります。
しかし、その後も源氏との関係は密かに続き、やがてとうとう雷雨の夜右大臣によって
その関係が露見してしまいます。
これが源氏の須磨流しへと繋がるのですが、その後朧月夜は朱雀帝への贖罪の日を
過ごしつつも、時を経て三たび二人は関係を結んでしまいます。
こうなると…それってどうなの源氏くん、二度あることは三度あるの?という所です。

しかし、その行き着く先は幸とも不幸とも言えない気がします。
結果的に朧月夜は出家し、引きとめる源氏に「私の幸せを祈っておくれ」と言われるのに対し
「万人の一人としてお祈り致します」(=ざっくりとした意味合いです)
と言い残して源氏の前から姿を消すのです。

輝くばかりの月が、やがて雲を纏って姿を隠す。
朧月夜という女性は、その名の通りの結末を迎えるように思います。
月の光は太陽を反射したものです。
源氏という太陽の光を反射し、その時々に姿を変える月。
その太陽と月の関係を、当時の紫式部は知っていたのでしょうかね…。

源氏物語の魅力は、源氏の美しさもさることながら、こうした朧月夜を始めとする
数々の女性の人生模様が魅力の一つとなって描かれています。
母性としての桐壷、妻としての紫の上、そして源氏と関係を結んだ数々の女性たち。
それらの女性は時に源氏以上の魅力をもって、物語を彩ります。
もし興味をお持ちの方がいらしたら、ぜひ一度手にとってご覧になって
みて下さいね^^


宗流
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by sou-ryu_mame | 2010-10-10 13:47 | きもの検定について

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