宗流がお届けする小さな豆知識。
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カテゴリ:きもの検定について( 52 )

きもの検定 家紋について


こんばんは。
明日は祝日!今日は少し頑張って、二つ目のお勉強にまいりましょう!

さて。今回は「紋」のお話をさせて頂きます。
家紋って、ホントにたくさんありますね。
よく目にするものから、珍しいものまで様々。
皆さまもご家庭の中で目にされる機会が多いのではないでしょうか?
本日はきものの中の「紋」のお話、どうぞよろしくお付き合い下さいね^^


まずはざっと「紋」の歴史から見てまいりましょう。
「家紋」の起源は古く、平安時代頃まで遡ります。
この「紋」というものが平安時代以前にも、調度品などに入れられていたという
記録があるのですが、いわゆる各家の目印として認識されるようになったのは
平安時代からだと言われています。
しかしその当時は誰もが家紋を持っていたわけではありません。
貴族の者が、牛車や調度品などに家紋を入れてはいたものの、武士や庶民には
そうした習慣はありませんでした。
それが平安時代末期になってから、一部の武士も戦場で幔幕などに固有の図章を
あらわすものが現れたのですが、本格的に武士の間で家紋というものが一般化したのは
鎌倉時代になってからだといわれています。
そしてそれから長い時間を経て江戸時代になってから、一般の庶民も家紋を
持つようになりました。
しかし、それはこの時代の庶民には名字が与えられていなかったため
家紋は各家を表す標識として認識されていたそうです。


では、次にきものと紋の関わりを見てみましょう。
きものには着用する際のTPOが明確にあらわれます。
きもの自体の持つ格もあるのですが、もう一つきものの格を決めるものがあります。
それが「紋」の数です。
まずはきものの中でも最上の格を有する、第一礼装の紋です。


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留袖や男性の羽織袴には、紋を5つ入れます。
これが五つ紋といわれるもので、紋を白抜きで表した「日向紋(表紋)」といいます。
この五つ紋を入れる場所は、女性の場合背中の衿つけ部分から約5.5cm下に一つ
両袖の外側、袖山から約7.5cmの位置に一つずつ、そして両胸の肩山から約15cm下に一つずつ
計5つの紋を染め抜きます。またそのそれぞれの紋を、背紋・袖紋・抱き紋といいます。
礼装用には必ずこの日向紋を五つ紋にします。
この礼装用に用いるきものは、黒留袖・喪服が主なものですが、
色留袖に五つ紋を入れると留袖と同格の第一礼装として用いる事ができます。
ちなみに、紋の大きさは男女で異なり、男性用の紋は約3.8cm、
女性用の紋は2cmです。


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ついで、三つ紋です。
これは主に準礼装の装いの際に入れます。
三つ紋を入れる場所としては、五つ紋の抱き紋を省いた三つで
色留袖に付けたり、訪問着の中でも豪華な柄行きのものに付けられます。
(訪問着に染め抜き一つ紋の場合も準礼装として用います)
また色無地に染め抜きの三つ紋を付ける事で同じく準礼装の装いとなります。


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続いて一つ紋です。
一つ紋を入れる場合は、背中の背紋のみとなります。
色無地のほか、江戸小紋の中でも鮫・行儀・通しの三つは小紋三役といい
これに一つ紋を入れる事で略礼装となります。


では、次に紋本体の格についてのお話です。
紋はその形態によって格が決まっています。
その最上級のものが、染め抜き日向紋です。
これは紋自体を白く染め抜いたもので、礼装用などにはこれを用います。
ついで陰紋です。これは日向紋を輪郭だけであらわしたもので、線の太さによって
陰紋・中陰紋とよばれ、準礼装や略礼装に用います。
そして、縫い紋です。これは刺繍で紋の形を表したもので、「相良縫」「菅縫」などで
あらわし、しゃれ紋として用います。
その他に、色つきの加賀紋(染め・縫い)、家紋とは違いデザインとして楽しむ伊達紋
などがあります。


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ちなみに、女性が結婚するとき、嫁入り道具に実家の母方の紋をつけ、
引き続き使用する紋を女紋といい、陰紋のことを女紋ということもあります。
とはいえ、この婚姻後の紋に関しては地方やそれぞれのお家により
さまざまな意見があり、一様には断言できようです。
何にしろ、家紋はそのお家をあらわすしるしですものね、
ぞんざいには扱えませんね^^;



宗流
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by sou-ryu_mame | 2010-09-23 01:12 | きもの検定について

きもの検定 袖のかたちについて



こんばんは。
本日の京都は、雨が降りそうで降らないビミョーなお天気でした。
三連休が終わり、再びのお休み♪
嬉しいのは山々ですが、明日はお天気も下り阪のよう。
でも、お部屋でお勉強する分には、どちらでも構わないんですけどね(泣)


さて、本日もお勉強にまいりましょう!
これまで、きものの主だった部分的の名称と、小袖文様については
お勉強しましたが、うっかりと「袖」のお話を忘れていました^^;
今回のセミナーではばっちりと紹介されていましたが、
どうでしょうね~…でも、覚えていないよりは多少はましなはず!
と、いう事で本日は「袖のかたち」のいろいろです^^


もう何回目か覚えてはいませんが、今回もビミョーな画像が出てまいります。
くれぐれも、子犬を見るような温かい心の目でご覧下さいね!


それでは、まずはこちらから。

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1:振袖

振袖の袖のかたち自体は、大振袖・中振袖とも変わりません。
長さは約90cm~114cmと長く、振りの部分も大きく開いています。
なお、卒業式などで着用される機会の多い二尺袖は、袖丈が二尺(約76cm)ほどで
袂の袖下のかたちも丸みを帯びているものが多いのが特徴です。


2:たもと袖

一般的なきものの袖の形です。
袖丈は約50cm内外で、袖下の丸みも自然なカーブを描いています。
袖口の大きさは約6寸(約23cm)ほどで、詰袖ともいいます。
袖下の丸みはやや小さく、約2cmの丸みがついています。


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3:元禄袖

元禄時代の小袖に見られる袖のかたちで、丸みが大きなものが特徴です。
袖丈も35cm~45cmと短めで、袖の丸みも8~15cmほどあったといわれています。



4:広袖

袖口から袖下までを縫わず、開いた状態の袖です。
平袖ともいい、現在も長襦袢や丹前などの袖はこのかたちです。


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5:舟底袖①
6:舟底袖②

どちらも舟底袖といいますが、袖下の振りがつくものとつかないものがあります。
袖丈は短く袖下がカーブを描いているのが特徴です。薙刀袖ともいわれます。


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7:鯉口袖

かたちは袂のない筒状の「筒袖」と同じかたちですが、それよりも少し袖付けが
長いものを鯉口袖といいます。


8:巻袖

もじり袖ともいい、後ろ袖の一部を前袖下に三角に折り上げたものです。
おもに仕事着用のきものに使われる袖のかたちです。


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9:細袖

鉄砲袖ともいい、 袖丈が短く細長いかたちで袖付け止まりに正方形の襠(まち)
がついています。こちらもおもに仕事着用のきものに使われる袖のかたちです。


10:角袖

男性のきものに使われる袖のかたちで、丸みが小さく角ばっており、
女性の袖の振りに当たる部分が、縫い閉じてあります。
また男性用の袖の袖付け止まりから袖下までの部分を「人形」といいます。




…袖のかたちと一口にいっても結構いろいろあるものです。
とはいえ、お襦袢の平袖、きもののたもと袖は馴染みがあっても
その他はなかなかないものかもしれませんね。
そう言えば、振袖以外の袖で比較的目にするものといえば、二部式のきものの袖。
お料理屋さんのユニフォームなどで時々見かけますが、あの袖は元禄袖に近いかも
しれません。何しろお料理を提供したり、食器を下げたりするには
袂があると邪魔ですし、汚れちゃいますものね。
そう思うと、良く考えられた袖だなぁって今さらながらそう思います^^



宗流
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by sou-ryu_mame | 2010-09-22 21:54 | きもの検定について

きもの検定 帯について2



こんにちは。
今日は連休も三日目、最終日ですね。
お仕事がお休みの方は、のんびりとされたでしょうか?
またお仕事の方はお疲れ様です!

宗流は三日間、何となくあっという間に過ぎていきそうです。
頑張ってお勉強してはいましたが、身についているかはどうか。
でも、何もやらないで焦るよりは、少しでもやった方が
気持ち的にはやや落ち着くかしら??そんな所です^^



さて、本日は帯のお話の二回目です。
今日は前回の予告通り、帯の歴史についてのお話をさせて頂きます。
学校の社会科に関係する、地理・歴史はめっぽう苦手な宗流…。
大人になって再び社会科に近いお勉強をするとは思いませんでしたが
本日もお勉強スタートです!!


人類が体温の保温や保護といった観点から、当初は一枚の布を身体に巻きつけていたものが
やがてガウンのように身体を覆うものへと変化した頃から、帯はその衣服を留める
といった役割が大きくなってきます。
その後も衣服を留めるため(石帯など)、また刀を挿すためといった用途
(平緒など)や、素材・形状・結び方など様々な変化を経て現在に至っています。
それらの変遷を全てという訳にはいきませんが、その中の幾つかについて
帯の歴史としてご紹介したいと思います。




弥生時代~古墳時代

この時代は巻布衣や巻頭衣といった衣服を身にまとっており、
女性は生地に頭を通す穴をあけたものを着用し、腰に細い紐状の帯を結んでいました。

古墳時代頃になると、女性の衣(きぬ)・裳(も・スカート状のもの)、男性の衣・褌(はかま)
に倭文布(しづり)の帯を締める姿が、埴輪などにあらわされています。
この倭文布(しづり)の帯とは、麻や楮、梶などで縞柄を織り出した古代織物といわれています。
またこの頃の帯の事を、古事記によると「たらし」という言葉であらわされています。



飛鳥時代~奈良時代

唐の文化が色濃く影響したこの時代は、広袖の袍に代表されるような全体的にゆったりとした
幅や長さを持つ衣服が着用されていたといわれています。
しかし、まだ推古・飛鳥時代には、帯は広い幅を持つ装飾を兼ねたものというより、
袍を紐で留めるといった様子です。

奈良時代に入ると衣服令が制定され、それまで左前であった衣服が右前に改められ、
その頃あたりから紐であった帯も少し帯らしい紕帯(そえおび)といったものが見られる
ようになります。
また庶民の服装としては前合わせの簡素な衣服に細い紐状のものを締めていたといわれています。



平安時代

平安時代初期はまだ奈良時代の唐風の衣装を踏襲しており、男性女性とも奈良時代の様相と
それほど大きな差はなかったようです。

しかし中期以降になると遣唐使が廃止され、日本独自の国風文化が興り始めます。
男性の束帯に見られる朝服が変化した衣装には、石が嵌め込まれた帯(石帯)が用いられ、
刀を提げるための平緒が見られるようになります。一方、女性の衣装は小袖に袿を何枚も重ねる
衣装が生まれます。

その中でも女官の最高の礼服・物具衣装には裙帯(くたい)という
帯状のものが見られるようになります。この裙帯は、奈良時代に生まれた紕帯(そえおび)が
変化したものといわれています。十二単とよばれる唐衣・裳をつけた装束に見られる裳の引腰も、
紕帯の変化したものといわれる説もあるようです。
また、この頃の庶民は前時代と大きな変化はなく、小袖に細い帯状の紐を締めていたようです。



鎌倉時代

この時代も、帯が現在のように衣装の中で大きな面積を占めることはありませんでした。
また貴族中心の時代から、武家が主権を担う時代へと移り変わり、それまでのゆったりとした
王朝風衣装から、比較的活動的なものへと変化したのもこの時代からです。

武家男子もそれまでの袍を始めとする衣装は重要な行事の際に着用したものの、
公家風の衣装が生まれるようになりました。それにともなうように、上流武家の婦人もそれまでの
唐衣や表着、裳を省き、小袖の上に細帯を締め、袿を数枚程度打ち掛ける姿へと変化しました。



室町時代~安土桃山時代

この頃から、上級の武家の男性女性ともに、公儀の場では正装を用いたものの、それ以外の場では
それまで下着として着用していた小袖が表にあらわれるようになりました。

また上流武家の婦人の打掛が生まれたのもこの時期です。これは小袖の上に色柄のある小袖を一枚
打ち掛けた事から、打掛と呼ばれるようになり、その打掛の下の小袖を締めるための掛下帯と
いう帯を結んだといわれています。そして夏の礼装としては、帷子を着用して肩を脱いで腰の辺りに
巻き付けた腰巻姿という装いに、附け帯または提帯という帯を使用したそうです。

庶民の衣服としては、この頃は生地を割いて両端をくけた絎帯を使用していたほか、安土桃山時代
には組紐の技術を用いた名護屋帯が使われるようになりました。この名護屋帯には平組と丸組があり
紐先に房がついていたそうです。ちなみに現在の名古屋帯とは全く別のものです。
また16世紀後半になると、現在でも馴染みの深い博多織や、西陣の織物が織られ始めました。




江戸時代

江戸時代に入ると、ようやく帯の形にも大きな変化があらわれるようになります。
武家の女性の様相はそれまでの打掛姿が継続されていましたが、外出の際など長く引いた裾を
からげて歩きやすくするためのしごきのような帯、抱え帯もこの時代に生まれました。
またそれまで貴族・武家が中心だった世から、金銭的にも裕福な商人があらわれるようになり、
江戸の文化は町人文化ともいわれるように、広い階層に様々な流行が見られるようになりました。

この時代の帯の大きな変化の一つが、帯幅の広がりです。江戸時代以前の帯幅は、約2.5~3寸ほどだった
のですが、この時代以降は4~6寸ほどに広がり、長さも長く取られるようになりました。
その理由として、歌舞伎役者の人気がありました。彼らはいわば時代のファッションリーダー
のように、きものの意匠や帯結びの流行を生み出したのです。その代表的なものが上村吉弥による
吉弥結び、水木辰之助による水木結び、瀬川菊之丞の路考結びです。加えて表裏別の生地を合わせて
仕立てる腹合わせ帯(昼夜帯)が流行したのもこの時期です。

そして、帯幅が広くなったもう一つの要因が、女性の髪形の大きさの変化です。
この時代の女性は髪を結い上げていたのですが、時代と共にその結髪が大きく張り出してきた
ために、着姿の帯とのバランスをとるために帯幅が広くなったといわれています。
その最たるものが丸帯で、この幅は現在の袋帯とあまり変わりません。
江戸初期頃から、庶民や遊女の間では帯を結ぶ位置にも大きな変化があらわれました。
寛文(1661~73)頃には、帯を前結び、横結び、後結びと三様に見られました。
またこの頃の武家の奥女中が結んだ立て矢結びは、現在の振袖にもよく使われる結び方です。

ちなみに、この時代の帯結びは現在のようなお太鼓ではなく、帯揚げや帯締めも用いられませんでした。
現在のようなお太鼓に結ぶようになったのは、江戸末期に亀戸天神のお太鼓橋が完成した際に、
深川の芸者衆がこの橋の形に似せて帯を結んだのが始まりで、これが一般的に定着したのは
明治時代になってからだという事です。




明治時代~大正時代~昭和時代

明治時代にはお太鼓結びが一般化されるようになり、帯揚げや帯締めが使われるようになりました。
また外国から織機の技術が伝わり、西陣などの帯地の産地ではそれまでにない技術の革新が
見られるようになります。

また大正時代に入ってから女性の服装改良運動の一環により、名古屋帯が生まれ
次いで昭和に入るとそれまで礼装用に用いられてきた丸帯に代わって袋帯が考案されました。
そして昭和の30年代になると袋帯と名古屋帯の利点を兼ね備えた袋名古屋帯が生まれたのです。




…はぁ。。嫌になるほど長い歴史ですね^^;
とはいえ、これは帯の一部分であって、きもの全部となると恐ろしい事になりそう。
けれど、時代はゆっくりと流れているようでも、現在私たちの過ごす平成から見ると
その変遷はとても大きなものに感じます。
今から数百年もたった時代から今の平成の時代を見る人達は、今の私と同じような
気持ちになるのでしょうかね。
何にしろ、歴史が苦手な宗流にはめまいを覚えそうなお勉強であった事だけは事実です!



宗流
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by sou-ryu_mame | 2010-09-20 13:56 | きもの検定について

きもの検定 帯について1



こんばんは。
もう連休の二日目も終わりますね…早いなぁ。
でも明日もう一日お休みだと思うと、
何となく嬉しい気がする宗流です^^


さて。
結構長い間「きもの検定」のお勉強をしてまいりましたが
ふと気がつくと、「帯」の分野が全然できていませんでした。
帯…きもの一枚に帯三本、と言われるほど
きものの着まわしにとっては大事なアイテムですが、
これも仕事で扱う機会がきものより多くなかったせいか、
ちょっと不明な所が多かったりします^^;
この機会です、少ししっかりお勉強してみましょう!



まずは一番大きな帯の種類分けです。
洋服に夏服と冬服、そして合い服があるように、きものにも
夏物・袷・単衣と各季節によってそれぞれ着用するものがあります。
そして、それは帯にも言えます。
帯にも夏物・冬物があり、夏帯の主な素材としては絽や紗、
羅・紗紬・麻などが使われます。またそれ以外の季節でも、
素材としては礼装用の豪華なものから、紬などの織の帯、
塩瀬などの友禅帯などがあり、帯に描かれた柄によって
季節感やTPOを演出しているものが多くあります。



次に、帯の形状の種類分けと特徴を見てみましょう。



1:丸帯

女性用の豪華な帯で、広幅の生地を半分に折って仕立てるため、
表裏の模様が同じである特徴があります。
江戸時代半ば頃、女性の髪型(結髪)が大きくなってきたことにより、
その髪とのバランスをとるために、帯結びや帯幅が大きくなっていったといわれています。
長さは4m30cm以上あり、帯地には錦織・金欄・緞子などの厚めの生地が用いられ、
またこれらの生地は江戸時代に中国から運ばれてくる際、厚い木の板に巻かれた状態
であったため、これらの生地を厚板物(厚板生地)とよび、近年までその流れをくんで
丸帯自体を「厚板」とよんでいました。現在では使われる事が少なくなりましたが、
留袖や振袖に使用したり、花嫁衣装の帯に使われます。


2:袋帯

明治時代以降、丸帯に代わって考案されたのが袋帯です。
寸法は幅約31cm、長さ4m20cm以上あり、二重太鼓や変わり結びが結べます。
この袋帯は表地は唐織・錦織・綴れ織・緞子など厚地のさまざまな織物が使われ、
裏地は無地や地紋だけの生地が使われています。
振袖、留袖、訪問着などの礼装用のきものには金銀糸を使用した豪華なもの、
また小紋や附け下げ、紬などには洒落袋帯といった金銀糸を控えた落ち着いたもの
が使用されます。


3:名古屋帯

大正時代、女性の服装改良運動の中で名古屋女子大学の塚原春子によって考案された
帯が名古屋帯です。
この帯は仕立てる前の生地幅が九寸(約34cm)ある事から、九寸帯、九寸名古屋帯
ともいわれ、仕立てる前の長さが1丈2尺5寸(約4m73cm)ほどあり、そのうち
たれ先として3尺(約1m14cm)を折り返して芯を入れてお太鼓裏にし、残りを半幅に折り、
胴巻き分に仕立てます。これが一般的な名古屋仕立てで、他に手先を折らずに
開いたままの鏡仕立てや額縁仕立て、て先だけを半分に折って仕立てる松葉仕立て
などの仕立て方があります。金銀糸を使ったものは附け下げや色無地などの準礼装に、
それ以外は紬や小紋に合わせます。


4:袋名古屋帯

綴れ織や紬、博多織などの地厚の反物の状態の幅、八寸(約30cm)がそのまま帯の幅に
なる事から、八寸名古屋帯ともよばれます。名前は「袋」とついていますが、袋状という
意味ではなく、袋帯と名古屋帯の利点を兼ね備えたという意味合いを持ち、生地幅そのまま
を使ってたれ先に3尺ほど折りかえして両端をかがり、て先を少しかがる仕立て方の帯です。
金銀糸を使い、締めた時に二重太鼓に見えるように仕立てたものは訪問着や色無地の略礼装に、
紬や博多織のものは紬や小紋のきものにあわせます。


5:京袋帯

表地を柄付きの生地を使い、裏地に無地や地紋のある生地を使って仕立てる点は袋帯と同じですが、
長さが名古屋帯と同じくらい(約3m60cm)のものを、京袋帯といいます。
格としては袋帯と名古屋帯の中間で、基本的には一重太鼓に結びます。袋帯より軽く、名古屋帯の
ように前帯の幅を自由に取れる点が特徴です。


6:細帯

一般的に、幅が八寸以下の帯を細帯といい、浴衣などに用いる一枚仕立てにするものと、
きものに用いる袋仕立てのものがあります。現在作られている細帯には、三寸・四寸・六寸
などの幅があり、特に四寸幅(約15cm)のものは半幅帯として知られています。
金欄や緞子などで織られ、袋状に仕立てたものは、変わり結びで締め、パーティーなどの
洒落着にも使われます。



7:兵児帯

兵児帯は柔らかな生地で織られた一枚物の帯で、もともとは男児や男性の長着用に使われて
いました。幅は八寸以下で、無地染めのものや絞りのものなどがあり、現在では帯結びが
簡単な事から、女性用の浴衣の帯などにもよく使われます。



そしてあと一点。帯の柄つけの方法をご覧頂きましょう。
画像については何度も申しておりますが、ビミョーな点もありますので
子猫を見る時のような心優しい気持ちでご覧下さいね^^;

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一番上は帯の表地全てに柄を置く(または無地地紋)全通柄です。
これは袋帯などに用いられ、どの部分にも柄があるため、変わり結びを締める際に
とても重宝します。
二番目は六通柄です。これは袋帯、名古屋帯に関わらずよく見られる柄置きで、
胴に巻くひと巻き目は下に隠れるため、この部分には柄がありません。
最後はお太鼓柄です。これは帯をお太鼓結びにした際に、目に触れる部分にのみ
柄を置く方法です。




…帯も改めてまとめてみると、わかっているつもりでも忘れていたり、
ふと思い出す点があるものですね^^
次回は帯の歴史の移り変わりをご紹介させて頂きます(←予定)





宗流
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by sou-ryu_mame | 2010-09-19 21:51 | きもの検定について

きもの検定 きもの用語のいろいろ2




前回のきものに関する言葉の続きです。
今回は一つのものに対して、別の言い回しがあるものを
ご紹介させて頂きたいと思います。
どうぞよろしくお付き合い下さいね^^


きものや帯、着付けなどに関するもの


●袵先:剣先

(おくみさき・けんさき)
どちらもきものを構成する部分の名称で、袵の先端の部分で
身頃と衿の境にある尖った部分の事です。


●共衿:上衿:掛け衿

どれもきものの衿の名称で、衿の汚れを防ぐために予めきものと
同じ生地で地衿の上に掛ける衿の事です。


●八掛:裾回し

きものの裾や袖口・衿先裏に使われる、薄手の裏地の事です。


●袂:袖形

(たもと・そでなり)
きものの袖口の下の方にある、袋状の部分をさします。


●筒袖:削ぎ袖

筒型の袖で、通常のきものの袖のような袂のない袖をさします。


●裾よけ:蹴出し

(すそよけ・けだし)
和服の下に着用する下着です。腰巻の上から重ねて着ける、足首までの
長さの布をさします。


●通し裏:総裏

肩から裾まで胴接ぎをせずに、同じ布を通して使う裏地の裁ち方で、
男物のきものや丹前・花嫁衣装の打掛などに使われています。


●伊達衿:重ね衿

きものの衿元に重ねる、重ね着をしているように見せる別衿の事です。


●昼夜帯:くじら帯:腹合わせ帯

表と裏に別柄の生地を使って(柄物+黒繻子)仕立てた帯の事をさします。


●付け帯:軽装帯

どちらも帯の腹部分と、形を作ったお太鼓の部分を別々に仕立て、
簡単に着装できるようにされた帯の事です。


●鏡仕立て:開き仕立て

名古屋帯に用いる仕立て方で、裏から見ると帯芯がそのまま見えるのですが
前にくる帯幅を自由に変えられるのが利点の仕立て方です。


●袋名古屋帯:八寸帯:八寸名古屋帯:かがり帯

「袋」という名前がありますが、袋状ではなく帯芯を入れずに端をかがって
仕立てる方法です。綴れ織・紬・博多織などの地厚の生地に向きます。


●のめり下駄:神戸下駄:芝翫下駄:千両下駄

(こうべげた:しかんげた:せんりょうげた)
下駄の形をさすもので、後の歯はまっすぐなのに対し、前の歯を
爪先に向かって斜めに削ったものです。



・染織などに関するもの



●斜子織:魚子織:並子織

(ななこおり)←漢字は違いますが読みは同じで、同じものをさします。
太い糸を使って織られる、ざっくりとした厚地の生地です。
経糸・緯糸を二本並べて織られる生地で帯などに使われます。


●玉糸:節糸

二匹の蚕が一つの繭をつくる(玉繭:同功繭)、玉繭から取られた糸です。
節が多くあり、紬織物を織るのに使用されます。


●注染中形:折付中形:手拭い中形:阪中

(ちゅうせんちゅうがた:おりつけちゅうがた:てぬぐいちゅうがた:さかちゅう)
注染によって染められた中形の事で、浴衣・手拭いなどに使われます。


●筒描き:筒引き

防染用の糊を渋紙で作った筒の中にいれて、先から糊を絞りだして生地に
置いていく作業です。


●練:精錬

絹のセリシンを取り除くだけでなく、毛・綿・麻などの繊維に含まれる
不純物を取り除く作業を総称してさします。


●縹色:花色(花田色

赤みを帯びた深い青色で、藍染めより得られます。
昔は藍ではなく、露草の花から染めたためこの名前がのこっています。


●意匠雛型:模様雛型:小袖雛型:雛型本

(いしょうひながた:もようひながた:こそでひながた:ひながたぼん)
雛型とは小袖の模様を記したもので、肉筆のものや木版画のものがあり、
やく180種が残されています。


●紺屋:染屋:こうかき:こんかき

染物屋の事をさしますが、古くは紅染の紅屋・紫染の紫師と藍染めの職人を
区別するための生まれた言葉ですが、のちに染物屋の総称となりました。


●相良繍:玉繍:こぶ繍:いぼ繍

(さがらぬい:たまぬい:こぶぬい:いぼぬい)
日本刺繍の基本技法のひとつで、生地の上に糸の玉をつくりながら刺繍する
方法です。




…今回は結構ありましたね。ホントはもっとちゃんと探せば、
かなりたくさんのものがあると思いますが、思いつきませんでした^^;
この辺りでご容赦下さいね。




宗流
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by sou-ryu_mame | 2010-09-19 13:56 | きもの検定について

きもの検定 きもの用語のいろいろ




こんにちは。
今日も昨日に引き続き、とてもいいお天気です♪
みなさまよい連休をお過ごしでしょうか^^
宗流はこの連休、普段は仕事でお勉強に時間を取るのが難しいので
しっかりお勉強したいと思います!
ガンバルゾ!!


さて。本日は少し趣向を凝らして(?)きものにまつわる言葉の
同音異義語、また一つのものに対し同じ意味をあらわす言葉をご紹介致します。
きものの世界には、曖昧とまでは言えませんが、そうした言葉が
たくさん存在します。
その中のほんの一部ではありますが、少しでも多くご紹介できればと
思っておりますので、どうぞよろしくお付き合い下さいね^^



まずは同音意義語です。


●熨斗目:のしめ

これは漢字も同じなのですが、一つは赤ちゃんの祝い着、
もう一つは男性の裃や素襖の下に着用した小袖の意匠です。


●熨斗:のし(湯のし

熨斗の方は束ね熨斗など、熨斗模様に使う言葉です。
もう一つは「のし」というより、湯気で反物のしわをのばす「湯のし」や
「手のし」に使う言葉です。


●扱:しごき:扱き

これは三つほどあります。
一つは七五三などで子供の衣装に使われる「しごき帯」や兵児帯の別名。
またおはしょりを取る際につかわれた「抱え帯」の事をさします。
二つ目は型友禅で色を置く時に使われる「扱き糊」または東京小紋などで
ヘラで染めつける作業の事。
三つ目は和裁で縫い目をならすために指で扱く事をさします。


●合着:間着

(あいぎ)合着は冬物と夏物の間の時期に着るものの総称です→単衣
間着は打掛と下着の間に着るきもので、小袖をさします。


●厚板:厚板

(あついた)どちらも同じ漢字を用いますが、一つは厚板織ともいい、
緯糸に生糸・経糸に練糸を用い、地紋を織り出した帯地用の生地をいいます。
もう一つは能装束の衣装の一つの厚地の織物のきものです。


●色直し:色直し

一つは結婚・出産・葬儀の際に白無垢のきものを着用し、それが済むと色もののきもの
に着替える古くからの風習をさしました。
もう一つは現代の披露宴でも見られる色直しですが、以前は結婚式の当日、式服を
脱いで別のきものに着替えた事をそう呼びました。


●浮線綾:浮線綾

(ふせんりょう)一つは有職文様などに見られる、「浮線綾藤の丸」などの
丸い模様の事をさします。
もう一つは古代紋織物の一つで、文様を織り出す緯糸や経糸を地組織から浮かせて
織る織物をいいます。


●衣紋:衣紋

(えもん)本来「衣紋」とは衣紋道といい着付けの事をさしていました。
もう一つは、きものの衿の後部分で、着付けの際に首の後ろを開ける事を
「衣紋を抜く」や「抜き衣紋」といいます。


●お引き摺り:お引き摺り

江戸中期以降、大正時代初期まで上流階級の女性は、おはしょりを取らず室内では
きものの裾を引き摺っており、その着方をさしました。
もう一つは、だらしのない女性に対しての言葉です。


●腰巻:腰巻

一つは室町時代から江戸時代にかけ、武家の女性が小袖の上の打掛を肩脱ぎにし、
腰にから下に巻きつける着方をさします。
もう一つは、現代も使われている女性の肌着の一種をさします。


●石持:石持

「こくもち」と読み、一つは紋を染める場所を白く丸く染め抜いたものをさします。
もう一つは、同じ形の無地の丸い家紋です。



●二陪織物:二重織物

(ふたえおりもの)
平安時代の貴族の装束などに使われた、重めの縫取織物です。
十二単の唐衣や上着などに使われます。



同音、または同じ漢字をあてるものは結構ありますね。
本日は、一つのものに同じ意味をあらわす言葉も一緒にご紹介しようと思ってましたが
案外たくさんありましたので、残りはまた別にご紹介致します。



次回へ続く





宗流
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by sou-ryu_mame | 2010-09-19 12:14 | きもの検定について

きもの検定 小袖意匠のいろいろ




こんばんは。
本日二度目のお勉強です^^

前回まででさらっと仕立ての分野のお話を終え、
今回はまた別のお話にまいります。
ホントは仕立てには男物や羽織・コートなど様々なものがあるのですが、
何分先を急ぎますので、また時間のある際にお伝え致します^^;

さて。
本日は前置きもそこそこに本題にまいります!
と、いうのも今回は画像がたくさんありますので、
そちらをご覧頂きながら、ご説明をさせて頂きます。
今回は「小袖意匠のいろいろ」です。


小袖は平安時代の「大袖」に対して生まれた言葉ですが、
袖が小さいからというだけの意味ではありません。
袖口が小さいものという意味があり、この時代には下着の分類でした。
それが時代を経て表着へと変化してゆき、様々な意匠を見るようになりました。
小袖に意匠を凝らすようになったのは、友禅染が発明された事が大きく影響し
江戸時代には現在のテキスタイルブックのような「雛型本」が作成され
多くの流行を生むようになりました。
ここでは室町時代から江戸時代までの幾つかの意匠のあらわし方を
ご紹介させて頂きます。

なお、今回も自作の画像のため前回に引き続きビミョーな箇所もありますが
ひよこを見るような心優しい気持ちで、そうした個所は見逃してやって下さいね^^;
(ピンク地はきものの地色、赤は柄つけをあらわしています)


c0163413_20282158.jpg



まずは肩裾模様です。
室町時代から桃山時代にかけて流行した様式です。
名前の通り、肩と裾に色柄を配しており、能装束にも多用されています。

c0163413_2029555.jpg


こちらは段替わりです。
これも室町時代から桃山時代によく見られる様式です。
こちらも能装束に多く見られる様式で、大きな市松柄がベースとなった風情です。

c0163413_2029382.jpg


こちらは熨斗目模様です。
これは室町時代に生まれた様式で、元来武士が大紋・素襖・裃の下に着る小袖に
見られる柄つけで、後に女性用の小袖にも使われるようになりました。

c0163413_2030650.jpg


こちらは片身替わりです。
これも桃山時代に見られる様式で、能装束にもよく見られます。
背縫いを境に異なる色柄を配すのが特徴です。

c0163413_20303174.jpg


こちらは慶長模様です。
江戸時代直前の慶長の末から江戸時代初期の寛永時代に見られる様式です。
全体の地を染分けや地紋を施し、それを埋め尽くすように模様づけされています。

c0163413_203055100.jpg


こちらは首抜き模様です。
江戸時代初期に見られる様式で、首周りから肩・胸にかけて丸く大きな模様が
つけられているのが特徴です。

c0163413_2031174.jpg


こちらは寛文模様です。
江戸の寛文期に見られる様式で、右肩から円弧を描くように左裾にかけての
動きのある柄つけが特徴です。

c0163413_20315017.jpg


こちらは元禄模様です。
江戸元禄時代には特定の柄つけといった形式はありませんが、友禅染が開発された
事で、大きな面積に絵画を描くような自由な模様付けが生まれました。

c0163413_20321383.jpg


こちらは総模様です。
慶長小袖と同じく、全体を色柄で埋め尽くした様式です。

c0163413_20323697.jpg


こちらは裾模様です。
江戸時代中期以降になると、腰から下に模様をもつ腰模様が生まれ、
やがて裾だけに模様を配す裾模様が生まれました。これは打ち掛けなどの
裾を長く引く着装法が武家女性などに定着した事から見られるようになりました。

c0163413_20325640.jpg


こちらは江戸褄です。
裾模様のバリエーションの一つといわれ、遊里の女性や町人女性などに流行しました。
左右対称の柄つけが特徴で、現代の黒留袖の原型ともいわれています。

c0163413_20332088.jpg


こちらは島原褄です。
江戸時代後期、京都の遊里・島原で流行した模様付けです。
褄にそって胸・裾まで色柄が広がるのが特徴です。

c0163413_2034193.jpg


こちらは裏模様です。
他の模様付けが表地に施されるのに対し、この裏模様は裏地の裾に模様を配しています。
これは「裏勝り」といわれ、裾を長く引き摺る時に、褄から裾にかけての裏がよく見える
事から、裏地に贅を凝らした様式です。





宗流
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by sou-ryu_mame | 2010-09-18 20:36 | きもの検定について

きもの検定 きものの仕立てについて3




こんばんは。
連休初日の京都は、日中はお出かけ日和のいいお天気だったのですが、
少し夏の名残りを思わせるような、暑い陽射しが降り注いでいました。
でも、空気はさらりとしていて、爽やかな初秋の気配を
感じる一日でした^^


さて。本日も宗流の苦手な「仕立て」のお話です^^;
仕立ての分野も奥が広いのですが、試験までもうあまり時間が
ありませんので、さらっとおさらいを済ませてしまいましょう!
あっ…けして苦手なので早く済ませたい訳ではありません。(←大汗)


本日はまず、前回の裁断の図から各パーツを裁ち、印つけをした
図からご覧頂きましょう。
今回も自作のビミョーな図ですが、前回に引き続き温かい目で
ご覧頂けますようお願いいたします^^;


c0163413_189110.jpg



図は衿部分を除いた本体部分の裁断図です。
図中に色を変えて、点や線が描いてありますが、これはその部分を
合わせるという意味でお考え下さい。

A:剣先
B:袖付け
C:繰越
D:身八つ口



印つけには「へら」という三味線のバチを小型にして、先を丸くしたような
器具を使い、針で縫う部分に印をつけます。
このへらづけには関西式・関東式があり、縫う前に全ての標をし終えておく
先べら(関西式)と、縫いながら次々にべらを当たって行く後べら(関東式)
があります。


ところで、きものにはこうした各パーツがあることをお伝えしておりますが、
この寸法を割り出すのも、仕立てでは大切な作業です。
次はその各寸法の基本的な割り出し方をご紹介いたします。


身丈:基本的には自分の身長が身丈になります。ただ、ふくよかな体格の場合は
   肩の厚みがありますので、数センチ多めに取ります。


袖丈:基準は身長の1/3程ですが、年齢により若い人はやや長めに、年配の人は
   やや短めに取ります。


身八つ口:13~15cmほどですが、ふくよかな体型の場合はやや多めに取ります。


裄丈:首の付け根から手首の出っ張った骨までの長さですが、身体の厚みによって
   考慮します。


袖幅:裄丈のおよそ1/2ですが、それよりやや広めに取ります。


前幅:前身頃の裾の幅ですが、体型により変わります。


後幅:後身頃の裾の幅ですが、体型により変わります。


衿下:褄幅ともいい、身長の1/2が基準になります。


衿肩あき:首の周りの約1/4が基準になります。


繰越:体型により変わりますが、ふくよかな体型の場合はやや多めに取ります。


袵幅:約15cmほどを基準に、ふくよかな体型の場合はやや多めに取ります。


合褄幅:体型により変わりますが、ふくよかな体型の場合はやや多めに取ります。



最近は既成のきもの、プレタきものも多く出回っており、
ワンピースを購入する感覚で気軽にきものを買うことができますが、
やはり既成のものはそのサイズに近い人全ての体型をカバーする事は難しいものです。
たとえば私自身だと、身丈や身幅はSサイズで大丈夫なのですが、
裄丈はMサイズに近いのです。また最近は羨ましいほどのモデル体型の方も多く、
身丈や裄丈はLサイズでも、身幅などはSサイズといった方もいらっしゃいます。
着付け方である程度それも解消できるのですが、でもやはり体型に合ったきものは
しわも寄らず、着姿も美しいものです。

ご自身の寸法を全て把握されていると、仕立ての際に細かな希望を伝える事ができますが
そうでなくても、ちゃんと仕立ての際に寸法を測り、体型に合わせて
仕立てをしてもらえますので、自分の身体にぴったりとそうきものができあがります。
やはりそれなりにお値段もかかりますが、自分の身に合ったものの
着心地の良さはとてもいいものです^^




宗流
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by sou-ryu_mame | 2010-09-18 18:11 | きもの検定について

きもの検定 きものの仕立てについて2



きものの仕立1の続きです。



前回はきものの各部分の名称をご覧頂きましたが
今回は反物の状態から、各部分を裁断する場面をご覧頂きます。


ちなみに…今回使用する図は、実際の反物の幅と長さの比率が
全く合っておりません。
というのも、きものに使われる着尺の幅は約36~38cm、
長さは約12.5mほどありますので
裁断図をあらわすとしたら、恐ろしく細長いものになります^^;
ですから、今回はイメージ画となりますが、どうぞご容赦下さいね。
みなさまの温かい心の目でご覧いただけますと、
もしかしたら着尺に見えてくる…かもしれません。



まずはきものの表地です。

c0163413_094853.jpg


きものは全部で8つのパーツで構成されています。
1:袖(1) 2:袖(2) 3:身頃(1) 4:身頃(2)
5:袵(1) 6:袵(2) 7:衿  8:掛け衿


これらのパーツをご覧頂くと、袖・身頃・袵のそれぞれが
二枚ずつあります。これはそれぞれが左右に同じもので構成されているためです。

また部分部分に色のついたラインが引いてあるのは、
それがどの部分の縫いか、またはどの位置かを示すものです。


まず袖の中央にあるグレーのライン。
これは袖山をあらわしています。ちょうどこの位置で折ると、
腕を覆う筒型の袖となります。
次に4つの赤いライン。
これは袖山から袖の底までの袖丈の長さをあらわしています。 


次に身頃についている青いライン。
これは脇縫いを示しています。例えば左の3の身頃ですと、青いラインが
途切れているのは、そこから肩の位置で前を覆う身頃と後ろを覆う身頃に 
なり、それぞれの身頃の脇を縫う位置を示しているのです。
緑のラインは背縫いです。という事は、向って左の身頃は左側が後ろ身頃、
向って右側の身頃は、右側が後ろ身頃となりますね。
続いて、紫の短い線は衿肩あきの位置です。
そして両身頃にわたってついている黄色の線は袵つけの位置です。


袵にまいります。
袵にも黄色の線がありますね。この部分が前身頃について、
きものの完成系で見ると、前身頃の打ち合わせ部分になります。

衿のピンク色の線が衿つけとなります。
ちなみに、図の中で「衿」となっているのが地衿で、短い方のパーツの
掛け衿は地衿の上にかかる衿です。




…基本的に平面図できものの構成をあらわすのは無理があるのですが、
引き続き温かな心の目で見守ってやって下さいね^^;
次は冬物のきものにつける裏地「八掛」の裁断図です。

c0163413_010257.jpg



八掛は本来八つのパーツに分けられていたため、この名前がついたのですが
現在では「袖口」に使うパーツが加わって、全部で10枚となります。
この八掛に使用する生地は一般的に、幅約37cm、長さ約4mと、着尺に比べると
およそ1/3程度の長さとなっています。



1:裾(1) 2:裾(2) 3:裾(3) 4:裾(4)
5:裏袵(1) 6:裏袵(2) 7:袖口(1) 8:袖口(2)
9:衿先(1) 10衿先(2)


八掛は裾が4枚ありますね。これは右前身頃の裏、左前身頃の裏、
右後ろ身頃の裏、左後ろ身頃の裏の計四枚使われます。
またそれぞれのパーツが各二枚ずつあるのも同じく左右に使われるためです。

そして、各パーツの一部分が赤く染まっているかと思いますが、
この八掛は「ぼかし八掛」をイメージしたものです。
八掛は洋服で言うと、スカートなどの裏地にあたります。
しかし、洋服の裏地は表地の色に近いものか、またはその濃淡のものが
使われるのに対し、きものの裏地は同系色とは限りません。
それは袖口などからわざと裏地の色を見せ、表生地のアクセントとする
事があるからです。

表地の濃いものに、濃い色の八掛を使う場合はいいのですが、
表地が薄色の場合、濃い色の八掛を使用すると表地から透けてしまいます。
しかし、裏地はどうしても表から少し見えますので、見える部分だけに
色を挿して、残りの表地の下になる大部分には表地にひびかない色に
する必要があります。
ですが、それぞれのパーツに切り分けてから一部分を染めるのは大変ですので
ぼかしの八掛は予め必要な部分に色が挿し分けられています。
それがこの図の赤い色なのです。




宗流
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by sou-ryu_mame | 2010-09-18 00:13 | きもの検定について

きもの検定 きものの仕立てについて1




こんばんは。
今週のお仕事も終わり、ほっと一息の宗流です^^
この週末は、明日から三連休♪の方も多くいらっしゃるのでしょうね。
宗流も連休は連休なのですが、明日はきもの検定のセミナーで
午後からお勉強です!
とはいえ、普段は仕事があるのでまとめてお勉強できる週末は
貴重な時間。来月の17日は試験の日です。
なかなかお勉強も進みませんが、頑張らないと~!!


さて。
前回まで宗流の大好きな文様のお話をさせて頂いておりましたが
好きな事ばかりおさらいしていてはいけません。
本日からは、全国の染織品に続く宗流の苦手分野、
きものに関する仕立や、和裁関連のお話に入ります。
宗流、洋裁をやっていたのですが、和裁のお話はまるで駄目です^^;
この際ですので、しっかりお勉強したいと思います!



まずは女性用のきものの各部分の名称を見てまいりましょう。
(…急ごしらえの絵ですので、細かな所はご容赦下さい)


きものはほとんどの部分が直線で裁たれており、また仕立合わせた
各パーツを解くと再び一枚の反物状になります。
このパーツはまた後ほどご紹介致しますが、まずはきものとして
仕立てられたものの各部分につけられた名称をご紹介致します。



c0163413_2211872.jpg



あ→袖

い→身頃(前身頃と後ろ身頃があります)

う→袵(おくみ

え→掛け衿(共衿)

お→地衿



1:裄丈

きものの背中心から肩先を通り、袖口までをさします。
この裄は肩幅に袖幅を加えた長さとなり、採寸の際には首の付け根から
手首の骨が出っ張った部分までを測ります。


2:袖口

袖の手先を通す部分。平安装束に見られる大袖に対し、現在のきものの
ような衣服を小袖と称したのは、袖の大きさではなく袖口の小さなもの
という意味合いで「小袖」と呼ばれるようになりました。


3:袖口下

袖口の下から袖の底までの長さをさします。


4:振り八つ口

身頃が袖についた部分(袖付け)の下にある、袖の縫いとめない部分。


5:身八つ口

身頃の脇のあきの部分。袖付けどまりから脇縫いどまりまでの部分をさします。


6:剣先

袵の一番先の尖った部分で、袵と衿の接合部分。袵先ともいいます。


7:袵下がり

衿肩あきの部分から、剣先までの部分をさします。


8:身丈

画像では位置が違うのですが、身丈は身頃を長さをさし、
本来は後ろから見て、衿つけ線から背縫い線を通って裾までの長さを
いいます。

9:合褄幅

衿下と衿先の端の合った部分で袵の幅。


10:立て褄

衿先から褄先までの部分をさし、竪褄ともいいます。


11:衿先

地衿の一番さきをさします。衿は地衿の上に共布で掛け衿をかけます。


12:褄先

「褄」は本来「端」の意味をもっており、袵裾の端の部分を褄先といいます。


13:丸み

袖口の下の部分で、角に少し丸みをつけた部分で、現在ではほぼ同じ角度で
丸みをつけますが、この丸みを深くとる事で袖の名称が変わります。




宗流
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by sou-ryu_mame | 2010-09-17 22:15 | きもの検定について

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