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カテゴリ:きもの検定について( 52 )

きもの検定 絹について その2


こんばんは。
本日のきもの検定のお勉強は、「絹について」をお伝えしています。
その中でも今シリーズは「糸」ついて中心にお勉強しておりますが
今回はその二回目です。
その1に引き続き、よろしくお付き合い下さいね^^


前回のその1では、繭のライフサイクルと生糸の説明をさせて頂きましたが
今回は織物に使用する撚糸の製造工程をご紹介してまいります。
撚糸は多くの織物を作る原料の糸となりますが、この撚糸にも
いくつかの種類があります。今回はそれを見てまいりましょう。


繭から糸を取り出し、数本合わせた(抱合)糸は表面がセリシンで
固められた状態の生糸となります。
この状態の糸で織物にされる場合もあるのですが、多くの織物は
糸に撚りをかけます。この撚りをかけた糸を撚糸と呼びます。
撚りというのは、簡単にいうと細い紙を指先で転がし、
こよりにする作業と考えて頂くと分かりやすいかもしれませんね。


さて。
繭から取られた生糸は、とよばれる糸の束にされて出荷をされます。
綛を約5kgのほど一まとめに束ねたものを括造りといいます。
この綛糸をまずは静電気防止などのため、油剤につけて柔軟し、
乾燥をさせます。これでまず下準備は完成です。
そして綛になっている糸を大きなボビンに巻き取ります。
ボビンに巻き取られた糸は、目的に合わせて撚りがかけられていきます。
この撚りをかける作業には、大きく分けて二つの方法が取られます。
それが乾いた状態の糸に直接撚りをかける方法、乾式
水で糸を濡らしながら撚りをかける湿式という方法です。
そのそれぞれの方法で撚られた糸の例に、イタリー撚糸八丁撚糸があります。


ちなみに、この撚りという工程はなぜあるのかといいますと、
繭から取られた糸を一本の糸にする際、そのまま糸を合わせただけでは
束ねた糸がほぐれやすく、扱いにくい糸となります。
そこでその糸を合わせる際に軽くより合わせると、糸は扱いやすいだけでなく
丈夫な一本の糸となるのです。
また撚りとはそうした目的に止まらず、生地を織り上げる際にも必要な工程です。
縮緬の生地などを見てみると、表面に凸凹が表れているかと思います。
この凸凹を作るのが撚糸の仕事なのです。
糸に撚りをかけた状態では、前回登場したセリシンが糸の撚りを固定しており、
その糸で織られた生地も、固くごわごわとした凹凸のないものなのですが、
セリシンを溶かす工程(精錬)を行うと、糸を固定していたセリシンが溶け
糸は撚りをかけた状態からまっすぐな状態に戻ろうとします。
ですが経糸と緯糸で織られた生地の状態では生地ははほぐれる事無く
糸がほぐれようとした形跡だけを残すのです。これが生地に凹凸を残すのです。
そしてこの凹凸はシボとよばれ、織物に特有の風合いを持たせるのです。


お話が少し逸れてしまいましたが、撚糸の種類を見てみましょう。
この撚糸の撚り数の単位はT/mで表されます。
これは1mあたりに何回転したかをあらわしています。
1mあたり500回転以下を甘撚糸、500~1000回転以下を並撚糸、
1000~2500回転以下を強撚糸、2500回転以上を極強撚糸と分類します。


また撚りの方向によっても分類され、右撚りの糸をS撚り
左撚りの糸をZ撚りと分類します。
そしてなおかつ、糸の撚り方によっても幾つもの分類に分かれます。
その一部を下にまとめてみます。



・片撚糸…1本または2本以上の糸を引きそろえ右撚か左撚をかけた糸
・諸撚糸…同方向の撚りをかけた片撚糸を2本以上合わせ、逆方向の撚りをかけた糸
・駒撚糸…片撚り(強撚)のかかった糸を2本以上合わせ、さらに片撚りと
反対方向の撚りをかけた糸。
・壁撚糸…片撚りした太い糸と、撚りをかけていない細い糸を引合わせ、
片撚りと反対方向の撚りをかけた糸。
     (太い糸に細い糸が巻きついた形状に見える)




他にも、壁撚糸をさらに何回か繰り返すことにより、糸に玉部(ノット)や
輪節(ループ)などを作る飾撚糸と呼ばれるものや、
嵩高加工糸と呼ばれるものもあり、この嵩高加工糸は
熱をかけて撚った糸を、逆回転させて撚りを解きます。
こうする事で糸はウェーブがかかった、伸縮性のあるものになります。
実はこの嵩高加工糸は、女性にはとても身近な製品に使われています。
それがストッキングです。あの薄くて伸縮性のあるストッキングも、
もとをたどれば撚糸によって出来上がっているのです。
そして少し思い出して頂くと、前回デニール(d)のお話をさせて頂きましたが
ストッキングの表示にもデニールという言葉はよく見られますね。
これも絹糸のデニールと同じものを表しているのです。


撚糸も繊度も、日常の生活の中ではあまり目にする事がないのですが
こうした日常的なものにも使われていると知って頂くと
ほんの少し身近なものと感じていただけるかもしれませんね^^



※ストッキングやタイツは単純にデニールだけでは表すのが難しく、
 ナイロン素材の糸の太さや構造上の違いなどから、絹糸のものとは違いがあります。





宗流
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by sou-ryu_mame | 2010-09-05 18:15 | きもの検定について

きもの検定 絹について その1


こんにちは。
気付けばもう日曜日も夕方…みなさま良い休日をお過ごしでしょうか?
私も含め明日からまたお仕事の方も多いでしょうが、
新しい一週間も残暑に負けず元気に頑張りましょうね^^



さて。
本日より、きもの検定のお勉強は「絹について」です。
多くのきものや衣料品の素材であったり、ハンカチなどの小物の
生地としても身近な天然素材、絹。
この絹の原料が蚕の吐く糸からなる事は、ご存知の方も多いと思います。

この「絹について」のシリーズでは、繭から糸になるまでの工程、
そして糸の種類などについてお勉強してまいりたいと思います。
どうぞよろしくお付き合い下さいね^^


さてさて。
まずは絹糸の原材料となる「繭」についてです。
現在日本で流通する国産の絹の多くは、蚕を飼育して得られる繭から
絹糸を作っています。この蚕を飼う事を養蚕(ようさん)といいます。


この養蚕業で扱われる蚕は、カイコガ科のカイコガと呼ばれる昆虫で、
本来カイコとはこの昆虫の幼虫期をさします。
この蚕は成虫になると、翅を持った蛾になるのですが小さく退化した翅は
飛ぶための能力を持っていません。
またその幼虫は、腹脚が退化しているため自然界では木に止まる事すら
出来ず、人の手を介してしか生育する事ができない完全家畜化動物で、
こうした養蚕業で育てられる蚕を家蚕といいます。
そして、絹製品に利用されているのはこの家蚕だけではありません。
自然界で自生する蚕を野蚕といい、家蚕が人に桑の葉を与えられて育つ
のに対し、野蚕はクヌギの葉などを食べて育ちます。


家蚕は約一ヶ月の寿命の間、卵から孵化したカイコは身体が大きくなるに
したがって四回ほど脱皮を繰り返します。その脱皮を繰り返す期間に
1齢~5齢という呼ばれ方をします。
そしてその脱皮する際に、カイコは動きを控えて頭を持ち上げて
じっと眠るような体勢をとります。これを「眠」といい、脱皮を眠を
繰り返し、5齢の時期に入るとカイコは糸を吐いて繭を作り始めます。
繭を作り始める時期になったカイコは、マス目のように区切られた
枠の中へ移されます。これがまぶしと呼ばれいわば繭のための寝室となります。


そしてカイコが繭を終えると、繭のなかで幼虫は蛹へと変体します。
ここからようやく糸作りが始まります。
カイコの繭は、幼虫が吐きだす一本の糸で作られています。
この糸は、セリシンという膠状の物質(約20~30%)と、
フィブロイン(約70~80%)という物質から構成される
絹たんぱく質から成り立っているのです。
乾いた状態の繭では、膠状のセリシンが糸を固めているのですが
そのままでは糸を取り出す事ができません。
ですから、その繭をお湯で煮てセリシンが柔らかくなった頃合いに
糸口からほぐれた糸を引き出し、数本を束ねて一本の糸にします。
この糸を取り出す作業の事を操糸といいます。
またこの束ねた糸を生糸、そして繭から生糸を取って出荷するまでの
作業全体の流れを製糸といいます。


ところで、糸を取り出す際には繭を湯で煮て糸を引くのですが
もしかしたらそんな事をせずとも、蛹が羽化するのを待って、
繭を集めればいいと思われる方もいらっしゃるかもしれませんね。
しかし、それがそうもいかないのです。
蛹が羽化する時、中の蛹は繭を破るためたんぱく質分解酵素を分泌します。
ですが、繭は一本の糸でできているため、繭が破れてしまうと
操糸の作業ができなくなってしまいます。
そのため、そうした繭からは生糸はとれず真綿に加工されるのです。

ちなみに、この繭一個からは1200~1300mの長さの糸がとれます。
また絹や化学繊維など、糸の長さがある程度長い繊維の太さを示す指数(繊度)を
デニール(d)と呼びます。これは9000mに対してのg=dと表され、
9000mで20gの重さがある糸の繊度は、20dとなります。
生糸は繭から取られた糸を合わせ、現在27dを中心に20~32dの糸が
作られています。


絹糸から織られた生地は柔らかく光沢があり、
吸湿性・放湿性に富み、植物染料・化学染料両方に染まりやすい
性質を持っています。
そして、獣毛や植物の繊維質などの天然繊維の中で最長のものとされています。




宗流
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by sou-ryu_mame | 2010-09-05 16:40 | きもの検定について

きもの検定 手描友禅染の工程について




こんばんは。
今週のお仕事も終わり、今頃はのんびりと週末の夜を
お楽しみの方も多くいらっしゃるのでしょうか。
今週もお疲れ様でした^^
そして、宗流も含め明日もお仕事の方や、お家での
家事が待ってらっしゃる方、明日も元気に頑張りましょうね!


さて。
本日もお勉強の時間がやってまいりました^^
前回までびっちりと宗流の苦手な分野が続きましたので
今回はちょっと自分の好きな分野のおさらいです!
本日は「手描き友禅」についてのお話です。


手描き友禅といえば、よく振袖や訪問着などにまるで
筆で描かれた日本画のように美しい絵が描いてあるのを
ご覧になった経験のある方も多いかと思います。
手描き友禅とはその名前の通り、生地に直接絵を描いていく
技法なのですが、その工程にはいくつもの特徴的な
作業があります。本日はその中でも、柄の色と色が混じらないよう
防染糊を使ったもののご紹介です。

この防染糊を使った友禅は、江戸元禄時代に扇面の絵描きだった
「宮崎友禅斎」という絵師が考案した技法と言われています。
この技法の考案により、小袖ファッションは目覚ましい発展を
遂げていくのですが、この江戸時代に発生した技法は、
それに用いる材料こそ変わりましたが、現在もその技法は
引き続き使われ続けています。
今日はその「糊」の二つの材料の違いによる工程をご紹介します。



現在、防染糊には二つの糊が使われています。
一つは昔ながらのもち米と糠を混ぜたものに赤い蘇芳という色素を
加えた糯糊と、もう一つはゴムを使ったゴム糊です。
この二つの糊の大きな違いは、素材によるものだけでなく
工程でも大きな違いがあります。
その違いを以下に記してみました。



c0163413_036845.jpg

           
             

      

工程を並べてみると、ほとんどの工程は同じものなのですが
その順番が違う事に気づいて頂けると思います。
簡単にご説明しますと、ゴム糊の場合は先に地色となる色で
反物を染め、その後に糸目で伏せた場に柄の色を挿していくのに対し
糯糊の場合は先に模様に色を挿してから、その柄の上に糊を置いて
地色を染めます。

糯糊を使う場合は全体から言えば工程が少し省かれるのですが、
柄の部分の彩色を先にして柄を伏せ、地色を後で染めるため
全体のバランスをイメージしながらの作業となります。
一方ゴム糊の場合は、先に地色を染めるため、柄を置く際に
色を置きやすいという利点があります。
それが二つの最も大きな違いなのです。

しかし、どちらも一枚のきもの地が出来上がるまでに
たくさんの工程を踏まなくてはいけないものですね。
特に京友禅の場合はそれぞれの工程に各専門職があり、
一枚の完成を見るまでに、それぞれの工程は約20種にも上ります。


私は地元にこうした着物関係の職人さんがいらっしゃるので
何となくそれが不思議な気がしなかったのですが、
よその地方から見えた人の中には、看板に「蒸し」や「湯のし」といった
文字が書いてあるので、何のお仕事をされているのか不思議だと
おっしゃる方もいらっしゃいます。
確かにそうかもしれませんね。
でも、こうした専門の職人さんのお仕事は友禅染にとって
どれ一つとってもなくてはならない大切なお仕事です。

どうぞもし京都にいらっしゃってこうした看板をご覧になられた際は
そうしたお仕事をされてるんだと思い出して頂けると
和装関係者としては幸いです^^



宗流
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by sou-ryu_mame | 2010-09-04 00:36 | きもの検定について

きもの検定 重要無形文化財について その2



こんばんは。
本日の京都は午前中は晴れて暑かったのですが、
午後から少し日が陰り、久々に過ごしやすい午後でした^^
もうそろそろ涼しくなって欲しい頃ですが、
なかなか思うようにはいかないものでしょうね…。


さて。
今回は前回に引き続き、「重要無形文化財」のお話です。
ところで、この「宗流まめ知識」ではきものについての
お勉強のはずが、なぜ重要無形文化財??
と、思われる方もいらっしゃるかもしれませんね^^
でも、この重要無形文化財に関してのお話も、実はきもの検定の
お勉強には欠かせません。
もちろん、認定者を知る事もそうなのですが、重要無形文化財に
指定された染織品や産地を知る事も大切なお勉強の一つなのです。
それでは、本日もまいりましょう!
今回は重要無形文化財「各個認定」保持者のご紹介です。



重要無形文化財の指定基準(工芸技術関係)

1: 芸術特に価値の高いもの
2: 工芸史上特に重要な地位を占めるもの
3: 芸術上価値が高く、又は工芸史上重要な位置を占め、かつ地方的特色が顕著なもの



認定基準(各個認定)

1: 重要無形文化財に指定される工芸技術を高度に体得している者
2: 工芸技術を正しく体得し、かつ精通している者



重要無形文化財「各個認定」保持者
(認定年・各個認定保持者・種類)


1955年  (※)小宮康介      江戸小紋
1955年  (※)松原定吉      長板中形
1955年  (※)清水幸太郎     長板中形
1955年  (※)南部芳松      伊勢型紙突彫
1955年  (※)六谷梅軒      伊勢型紙錐彫
1955年  (※)中島秀吉      伊勢型紙道具彫
1955年  (※)中村勇二郎     伊勢型紙道具彫
1955年  (※)児玉博       伊勢型紙縞彫
1955年  (※)城ノ口みゑ     伊勢型紙糸入れ
1955年  (※)田畑喜八      友禅
1955年  (※)木村雨山      友禅
1955年  (※)中村勝馬      友禅
1955年  (※)上野為二      友禅
1955年  (※)山田栄一      友禅楊子糊
1955年  (※)千葉あやの     正藍染

1956年  (※)芹沢銈介      型絵染
1956年  (※)喜多川平朗     羅
1956年  (※)深見重助      唐組
1956年  (※)甲田栄佑      精好仙台平

1960年  (※)喜多川平朗     有職織物

1962年  (※)稲垣稔次郎     型絵染

1967年  (※)森口華弘      友禅

1971年  (※)小川善三郎     献上博多織

1973年  (※)鎌倉芳太郎     型絵染

1978年     小宮康孝      江戸小紋

1982年  (※)宗廣力三      紬縞織・絣織

1984年  (※)山田貢       友禅

1988年  (※)羽田登喜男     友禅

1990年     志村ふくみ     紬織

1994年     古賀フミ      佐賀錦

1995年     北村武資      羅

1996年     玉那覇有公     紅型

1997年     細見華岳      綴織
1997年     福田喜重      刺繍

1998年     宮平初子      首里の織物

1999年     田島比呂子     友禅
1999年     喜多川俵二     有職織物
1999年  (※)興那峰貞      読谷山花織

2000年     平良敏子      芭蕉布
2000年     北村武資      経錦

2002年     甲田綏郎      精好仙台平

2003年     小川規三郎     献上博多織

2005年     佐々木苑子     紬織

2007年     森口邦彦      友禅

2008年     鈴木滋人      木版摺更紗

2010年     二塚長生      友禅
2010年     土屋順紀      紋紗


(※)物故者 保持者が死去すると認定は解除されます。



上の人物を見てみると、森口華弘・森口邦彦という方がおられますが
このお二人は親子です。
また、江戸小紋の小宮康介・小宮康孝両氏も同じく親子です。

しかし、何事も精進し高度な技術を会得する事は、
並大抵の努力では叶わないのでしょうね。
しかしそうした人、またそれに携わる職人、そしてそれを後世に
伝える全ての人の力が結集してこその文化財。
どれほど機械的な技術が向上しても、それが人の手が作り出す「わざ」を
超えるものではありません。
そんな伝統的な「わざ」の価値が見失われる事無く、
未来へと伝承され続ける事を願います^^




宗流
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by sou-ryu_mame | 2010-09-03 00:32 | きもの検定について

きもの検定 重要無形文化財について その1




こんばんは。
とうとう八月も終わり、九月がやってきましたね。
でも、まだまだ暑い日が続きそうなので急に秋になったとは
なかなか思えません^^;
今日から新しい一ヶ月の始まり。新たな気分でこの一ヶ月も
元気に乗り切っていきたいものですね!



さて。
前回までで全国の染織品のご紹介を終え、
今日からはまた新しい分野のお勉強に入りたいと思います^^
さぁ、何にしようかしら~?と考えていたのですが
全体的にどの分野も苦手に等しいので、地道にやらなくてはいけません。
という訳で、今回も宗流の苦手なものを。
本日と次回は、染織品における「重要無形文化財」についてのお話です。




重要無形文化財というと、人間国宝といった言葉が思い浮かぶ方も
多いかもしれませんね。
ちょっとお堅いお話になるのですが、この重要無形文化財とは
文部科学大臣が指定した、無形の文化財=「わざ」の事です。
この「わざ」について、高度な技術を持った人物を一般に「人間国宝」
と、呼ぶ事が多いのですが、実は文化財保護法にはこの
「人間国宝」という文言がありません。
正式には「重要無形文化財保持者」と呼ばれます。
この保持者の分野には、雅楽・能楽・歌舞伎などの歌舞音曲だけでなく
工芸技術分野も含まれ、その中に染織の保持者の認定もなされています。
今日はこの重要無形文化財の中で、「保持団体認定」についての
ご紹介をさせて頂きます。



染織の分野において、この「保持団体認定」は7団体が認定されています。
この基準として、その分野において高い技術を要し、伝承意欲があり
後世に伝えていく必要な態勢を整えている団体というものがあります。
そしてこの根幹とも言える高い技術を「指定要件」といいます。
では、染織の分野の重要無形文化財「保持団体認定」を見てまいりましょう。
(指定年・名称・都道府県、団体名称・指定条件)




重要無形文化財の保持団体認定

※工芸技術の性格上、個人的特色が薄く、かつ当該工芸技術を保持する者が
多数いる場合において、これらの者が主たる構成員となっている団体






1955年  小千谷縮・越後上布  

新潟県  越後上布・小千谷縮布技術保存協会

1:全て苧麻を手績みした糸を使用する事
2:絣模様を付ける際は、手くびりによる事
3:いざり機で織る事
4:しぼとりをする場合は、湯もみ・足ぶみによる事
5:さらしは雪ざらしによる事



1955年  結城紬

茨城県・栃木県  本場結城紬技術保持会

1:使用する糸は全て真綿より手紡ぎしたものとし、強撚糸を使用しない事
2:絣模様を付ける際は、手くびりによる事
3:いざり機で織る事



1957年  久留米絣

福岡県  重要無形文化財久留米絣技術保持団体

1:手くびりによる絣糸を使用する事
2:純正天然藍で染める事
3:投げ杼の手織織機で織る事



1974年  喜如嘉の芭蕉布

沖縄県  喜如嘉の芭蕉布保存会

1:糸は糸芭蕉より苧引きしたものである事
2:染織は植物染である事
3:絣模様は手くくり絣である事
4:手織である事



1978年  宮古上布

沖縄県  宮古上布保持団体

1:全て苧麻を手紡ぎした糸を使用する事
2:絣模様を付ける際は、伝統的な手結による技法、または手くくりによる事
3:染織は純正植物染である事
4:手織りである事
5:洗濯(仕上げ加工)の場合は木槌による手打ちを行い、使用する糊は
天然の材料を用いて調整する事



1993年  伊勢型紙

三重県  伊勢型紙技術保存会

1:突彫・錐彫・道具彫・縞彫等の彫刻は、伝統的技法により手彫りである事
2:糸入れは伝統技法によるか、又はこれに準ずるもの
3:制作用具の調整は、代々の伝承に準ずる事
4:型地紙の調整は、伝統技法により生漉きの楮紙に渋加工を施し自然枯らしとするか
又はこれに準ずるもの
5:型紙の文様は、古代型紙・小本等の古典的な図案を参照した価値の高いものである事
6:染型紙制作においては、伝統的な伊勢型紙及び、型紙の優れた作調・品格の
特質を保持する事



2004年  久米島紬

沖縄県  久米島紬保持団体


1:糸は紬糸又は引き糸を使用する事
2:天然染料を使用する事
3:絣糸は手くくりである事
4:手織りである事    
 




…以上の7団体が認定されています。
前回の染織品のご紹介の際、宗流が苦手だとお伝えした沖縄県の染織品は
7団体中、実に3団体が認定されています。
それほど沖縄の染織品は伝統と高い技術を要しているのですね。

そして各団体の指定条件を見てみると
案外シンプルというか、技術の機械化がなされる以前の、
手作業が当たり前だった時代の、当たり前の作業である事に気付きます。
しかし、様々な産業が機械化による技術向上を見る中で
こうした昔ながらの手作業は、どの産業でも衰退化の一途を辿っています。
いわば無形文化財とは、人の手による高い技術の保護と継承をはかるための
ものなのでしょうね^^





次回は重要無形文化財の個人認定をご紹介したいと思います。




宗流
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by sou-ryu_mame | 2010-09-01 23:38 | きもの検定について

きもの検定 全国の染織品 沖縄地方(沖縄および島々)



こんばんは。
今日で八月も終わりですね。
みなさまの夏はいかがでしたか?
素敵な夏の思い出はたくさんできましたか?
明日からは九月。
気分新たに頑張ってまいりましょうね^^



さて。
本日で全国の染織品のご紹介も終わりです。
長かった…予定では八月の半ばには終了する予定でしたが
いつのまにかもう九月。
まだまだお勉強しなくてはいけない分野ももりだくさん。
少しペースをあげなくては!
本日は宗流の最も苦手な沖縄編です^^;
何しろ、漢字が難しいのに加え、島々の形がいま一つ覚えられません。
しかし、沖縄県は染織品、特に織物の一大産地。
伝統的工芸品に認定された染織品数に至っては、全国一を誇ります。
苦手とは言ってられません!




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47:沖縄県   琉球紅型(りゅうきゅうびんがた)
          琉球藍型(りゅうきゅうえーがた)
          芭蕉布(ばしょうふ)
          琉球絣(りゅうきゅうかすり)
          首里織(しゅりおり)
          読谷山花織(よみたんざんはなおり)
          南風原花織(はえばるはなおり)






琉球紅型は、今から500年ほど前、琉球王朝の時代に王族・貴族のために
染められたものでした。
王族の専用のものに、花鳥に鳳凰・龍などを染め上げた紅型を「首里型」と
呼び、時代を経て庶民の晴れ着として紅型が着られるようになると、「那覇型」
と呼ばれる小型の紅型が染められるようになりました。
紅型の「紅」とは赤い色という意味ではなく、色の総称。そして「型」は模様を
表します。この紅型という名称が使われるようになったのは大正末期と言われています。
この型紙は沖縄の自然や生活に密接した身近なものをモチーフにし、渋紙に図案を
のせ、ルクジュウ(豆腐を乾燥させ、油につけたもの)の台の上で小刀で突き彫り
して作られます。その型紙を生地にのせ、糊をヘラで置いてから伸子張りをして
滲み止めの呉汁(大豆をすりつぶした汁)を引き、色を挿してゆきます。
紅型の基本色は、赤・黄・青・紫・緑・黒(墨)の六色で、専用の筆を使い
基本的に明るい色から暗い色へと染められます。
模様に色が付けられた後、さらにその部分をぼかすの技術を「隈取り」といい、
濃い色調で色を挿しながらぼかす事で立体感が生まれ、それが紅型の大きな
特徴となっています。
また通常の染めものの場合、色を挿した後「蒸し」という生地を蒸して色を定着
させる工程があるのですが、この「蒸し」は沖縄が本土に復帰してから行わる
ようになったそうです。




琉球藍型は色鮮やかな紅型とは違い、型紙を使って藍一色で染めたもの
をいいます。また華やかな紅型がもとは王族・貴族のものだったのに対し、藍型は
庶民の衣服を染めていたそうです。
藍型は古くは三世紀頃には染められており、魏志倭人伝にも記されています。
技法としては紅型と染める染料が違うだけで、工程も同じです。
沖縄県では多くの織物がありますが、染色のきものはこの藍型と紅型だけです。




芭蕉布はバナナと同種の植物、糸芭蕉の茎の繊維を糸にして織り上げられ、
13世紀には織り始められた古代布の一つです。
戦後、壊滅的な状況にあった芭蕉布は、沖縄本島の大宜味村喜如嘉で
平良敏子が復興させ、重要無形文化財保持者に認定されました。
芭蕉布はきものや帯と、作られるものによって糸芭蕉の繊維に違いがあります。
糸芭蕉は外皮から四種類に分けて糸が作られ、帯には二番目の「ナハウー」
きものには最も上質な「ナハグー」とよばれる糸が使われます。
またこの繊維から糸を取る作業を「苧績み」といい、取り出した長い繊維を
絡まないように「チング」という玉状のものに束ねながら苧績みされます。




琉球絣は沖縄で生産される絣柄の総称であるとともに、南風原で織られる
泥藍で染めた糸を使用した木綿の絣織物をさします。
この琉球絣の特徴は、豊富な絣柄にあります。約600種類とも言われる模様は
多くは鳥や植物、また生活用品などをモチーフにされており、この模様は
琉球王朝時代から伝わる「御絵図帳(みえずちょう)」と呼ばれる図案集
を元に染められています。




首里織は沖縄本島の首里織物の総称で、現在首里織には花織・ロートン織・
花倉織・絣・ミンサーなどがあります。
花織は「はなうい」と呼ばれる紋織物で、糸を浮かせて幾何文様を織ります。
ロートン織は裏表とも経糸の浮く織りで両面使え、花倉織は絽織と両面浮き花織
を組み合わせた織り方で捩り部分が透かしになる織物です。




読谷山花織は首里花織と並ぶ代表的な花織で、糸を使って花模様を織り出し
絣柄を組み合わせます。
読谷山花織はとても手の込んだ織物であったため、かつては王府御用達の織物
であったとも言われています。



南風原花織は沖縄本島の南部、南風原町で織られている花織です。
主に両面浮き花織の技法で織られています。
1998年、沖縄県の伝統的工芸品に認定されています。






1:久米島   久米島紬(くめじまつむぎ)



久米島紬は沖縄県久米島で生産される紬で、植物染料と泥染めによる
味わい深い風合いが持ち味とされています。
起源は15世紀に明へと留学した堂之比屋(どうのひや)という人物が
養蚕技術を持ち帰った事に始まります。また江戸時代に薩摩藩へ献上
した際、黄八丈の泥染めの技法を取り入れて、現在の久米島紬が完成
したと言われています。
この久米島紬の基本色は黒褐色・赤茶・黄・鶯・鼠の五色で、絣柄や
縞柄が織られています。また絣括りから一人の職人により仕上げられ、
織り上がった布を砧打ちで布を柔らかくするのも大きな特徴です。




2:宮古島   宮古上布(みやこじょうふ)



宮古上布は沖縄県宮古島で生産される夏用の絣織物です。
その多くは白または紺色の細かな絣柄で、蝉の羽根のように薄いものの
耐久性に優れ、さらりとした肌触りが特徴です。
絣糸を作るのは大島紬と同じく締機を使い、琉球藍で繰り返し染め
られます。細かい絣柄を手織りし、仕上げに砧打ちをする事で
生地につやと張り、柔軟性を持たせます。



3:竹富島   八重山交布(やえやまぐんぼう)
         ミンサー織り(みんさーおり)



八重山交布は沖縄県竹富島で織られる織物です。
この八重山交布は経糸に絹糸や木綿糸を用い、緯糸に芭蕉または手績みした
苧麻を原料にしています。


ミンサー織は沖縄県八重山諸島で織られている綿織物です。
ミンサー織りは沖縄本島をはじめ周辺の島々も織られていますが
織り方に大きな違いはないものの、模様や糸染めにはそれぞれの地域で
五つ玉、四つ玉、トゥイグワーと呼ばれる鳥の模様などの模様が織られ
それぞれの特徴が見られます。



4:石垣島   八重山上布(やえやまじょうふ)
         


八重山上布は沖縄県石垣島を中心に織られている麻織物で、琉球絣を藍・茶・
赤褐色で織りだしたものの他、白地や絣柄の赤縞上布と呼ばれるものもあり
ます。
苧麻の手績み糸を緯糸に、ラミー糸を経糸に用い、絣糸は紅露(クール)と
と呼ばれるヤマノイモ科の植物の茎から取った染料や琉球藍で摺り込み捺染
されるのが特徴です。平成元年に伝統的工芸品に指定されています。




5:与那国島   与那国織(よなぐにおり)



与那国織は沖縄県与那国島で織られる織物の総称です。
与那国島では苧麻や芭蕉で織られる織物はほとんど見られず、主に使われて
いるのは木綿と絹です。その代表でもある「与那国花織」は格子縞の中に
小さな花模様を織り出したもので、表裏に模様が出る両面浮き花織や
緯糸を浮かせて織る緯浮き花織の技法が使われています。






全国の染織品のご紹介、ひとまず終わりです^^
思いのほかたくさんあって、本人もびっくりです!
でも、まとめるだけでも一苦労でしたが、これを覚えないと
意味がないんですよね…ショボン




宗流
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by sou-ryu_mame | 2010-09-01 01:13 | きもの検定について

きもの検定 全国の染織品 九州地方(福岡・大分・宮崎・熊本・鹿児島・佐賀・長崎)





こんばんは。
もう言い慣れてしまった感はあるのですが…
本日も京都は暑い一日でした^^;
でも、そうこう言っているうちに八月も余すところあと数日。
日中は暑い~!と言いながらも朝夕は少し気温が下がって
きたように感じます。


さて。本日の前置きはこの辺りで、今日はさくっとまいります!
全国の染織品のご紹介も、残すところ九州・沖縄地方だけとなりました。
一度で両地方ともご紹介しようかと思っておりましたが、
九州は大島紬や久留米絣など、重要無形文化財クラスの有名な織物の産地。
特に大島紬に関しては特筆すべき点が多いため、
沖縄の数ある染織品と同時にご紹介するのはちと無謀という事で、
今回は九州のみにさせて頂きます。
それでは本日もよろしくお付き合い下さいね^^




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40:福岡県   久留米絣(くるめがすり)
           博多織(はかたおり)





久留米絣は福岡県久留米市、八女市、筑後市、大川市などで生産される
藍染めの木綿絣です。
この久留米絣は、江戸時代後期に当時12歳だった井上伝という少女が
藍染めの古い木綿の切れ端の色のかすれた部分に興味を抱き、それを
解いてその仕組みを理解し、霰や霜降りといった絣模様を考案した
事から始まったと言われています。
久留米絣は経糸・緯糸ともに絣糸を使用して織られ、その独特の藍色は
阿波産の藍の蒅(すくも)を甕で発酵させて藍建てして染められます。
また重要無形文化財に指定されており、その指定条件として、
1.手くびりによる絣糸を使用する事 
2.純正の天然藍で染める事
3.投げ杼の手織り織機で織る事 が挙げられます。




博多織は福岡県福岡市を中心に織られる絹織物で、主に帯地に使用されます。
この博多織は「博多献上」とも呼ばれ、江渡時代の福岡藩主黒田長政が幕府に
博多織を献上した事に端を発します。
博多織は細い経糸を密にし、太い緯糸を強く打ちこんであるため、
表からは経糸が見えず太い緯糸が横畝を表しています。
またしっかりと打ちこまれた生地は、帯地にして締める際に絹鳴りの音がし、
緩まずに締められる特徴があります。またその独特の模様にも特徴が見られ
経糸で織り出された模様には、独鈷(とっこ・密教で用いられる杵型の仏具)や
花皿(はなざら・仏の供養で花をまく時に使う皿)の連続模様です。
福岡県の伝統的工芸品にも指定されています。





41:大分県


スミマセン。調べてみましたが、大分県の染織品については不明でした。





42:宮崎県   本場大島紬(ほんばおおしまつむぎ)
           綾の手紬(あやのてつむぎ)




本場大島紬は宮崎県都城市で織られている平織の絹織物で、宮崎県だけでなく
鹿児島県でも織られています。
名称が「紬」となっているものの糸には絹糸を用いますが、江戸時代までは
真綿から手紡ぎされた紬糸を地機で織り上げていました。それが明治に入って
から高機を使用し、絣括りに締機が考案された後は絹糸を使用するように
なりました。
この大島紬の特徴は、泥染めと締機にあります。車輪梅(テーチ木)を煮出した
液で糸を染め、それを鉄分の多い泥に何度も揉みこんで浸しながら染められます。
鉄で媒染された糸はとても艶やかで、黒以外に茶や藍色も染められています。
また絣の柄を織り出す糸は、木綿の経糸を張った機に絹糸を通し、固く締め織り
ながら絣莚(かすりむしろ)を織り上げます。この絣莚を染めると、木綿糸が
絹糸を強く締め付けているため、その部分が防染されます。この絹糸を高機に
かけ、少しずつ絣模様を織り出しては針で柄あわせをする作業を繰り返し、長い
時間をかけて織られてゆきます。
また大島には泥染めの「泥大島」や藍染めを加えた「藍大島」、植物染料のみで
染められた「草木染め大島」、化学染料による「色大島」、白地の「白大島」
夏物に使われる「夏大島」と種類も豊富です。




綾の手紬は、宮崎県綾町で養蚕から織りまで産地一貫で仕上げる織物です。
日本古来の染織にこだわりを持ち、独特の味わいを持つこの織物は、
糸に日本の原種蚕の「小石丸」「天然灰汁建発酵技法による藍染」、古代から
続く染織法「大和貝紫染め」、糸を浮かせて模様を織りだす「花織」など、
伝統の技法が数多く使われており、近年綾町の無形文化財に指定されました。




43:熊本県     



重ねがさねスミマセン。熊本県も染織品については不明です。






44:鹿児島県   本場大島紬・本場奄美大島紬
           (ほんばおおしまつむぎ・ほんばあまみおおしまつむぎ)

             薩摩絣(さつまがすり)



本場大島紬は宮崎県都城市と鹿児島県鹿児島市周辺で織られている織物です。
産地は二県にまたがっていますが、技法や製品は同じものです。

本場奄美大島紬は、鹿児島県奄美大島で生産される絹織物です。
この本場奄美大島紬は、
1.絹100%である事
2.先染め手織りである事、
3.平織りである事
4.締機(しめばた)によるもので、手作業により経緯絣及び緯絣を加工 したものである事
5.手機で絣合わせをして織上げられたものである事
以上が条件とされています。
この大島紬の絣柄の密度を表す単位に「マルキ」というものが使われており、
経絣糸80本を1マルキとし、その1/10、つまり経絣糸を8本を1手(いちて)といい
5マルキ・7マルキ・9マルキ・12マルキといった呼ばれ方をしています。
また鹿児島県で織られている白大島は、陶芸に使われる鹿児島特産の白土(カオリン)
を水に溶かし、不純物などを沈殿させたアルミ溶液で糸を染めます。
これにより糸は白く柔軟性を持つようになると言われています。




薩摩絣は本来は琉球で織られた木綿の絣織物ですが、江戸時代に薩摩藩が
琉球王国を侵略し、租税として薩摩藩へと納められた織物を薩摩から全国
の市場へ出したため、この名称がついたといわれています。
藍地の木綿に白い絣を織り出した紺薩摩、白地に藍の絣を織り出した白薩摩があり
どちらの藍染めも琉球の藍・山藍を使用しています。
西郷隆盛も愛用していたと言われ、当時は井桁やとんぼの大柄の絣模様でしたが
現在は大島紬のような細かな絣柄が織られています。






45:佐賀県   佐賀錦(さがにしき)



佐賀錦は江戸中期、肥前(佐賀県)鹿島(かしま)藩主9代鍋島直
(なべしまなおすね)夫人が、家臣とともに考案創始した手織物の一種と言われています。
当時は鹿島錦と称され、鍋島家御殿女中の手によって伝承されたそうです。
佐賀錦は金、銀、漆を貼った特製の和紙を細く裁断したものを経糸とし、
絹の撚糸を染色したものを緯糸として丹念に織り上げられたもので、
紋様は伝統的な網代(あじろ)、紗綾(さや)型、菱等、多種多様なものがあります。






46:長崎県



スミマセン。長崎県も染織品については不明です。







次はいよいよ文化財の宝庫、沖縄県の染織品のご紹介です!
そして宗流の一番苦手とする分野。
ちゃんと復習しなければなりません^^;




宗流
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by sou-ryu_mame | 2010-08-31 00:59 | きもの検定について

きもの検定 全国の染織品 中国・四国地方(鳥取・島根・岡山・広島・山口・香川・徳島・高知・愛媛)




こんばんは。
今日も京都は暑い一日でしたが、
みなさんのお住まいの地域はいかがでしたか?
良い週末をお過ごしだったでしょうか^^


宗流は今日、きもの検定の一級受験講座に出かけてました。
はからずも昨年もこの講座を受講したのですが、
相変わらず初めて耳にする言葉の多い事…。
あと二回染織品シリーズは続きますが、
これが終わると受講内容を基にしたお話もさせて頂きますので
ご都合がつかれなかった方などご覧頂けましたら嬉しく思います。

ちょうど先日滋賀県の近江上布のご紹介をさせて頂いた際、
「生平(きびら)」のお話に少し触れたのですが、
今日の講座でもこのお話があって、とてもタイムリーな気がしました^^
そうそう伊勢型紙のお話もありましたよ。
一体どこをお勉強したらいいか、私も全く見当がつかないのですが
継続は力なり!!(かなりさぼりがちですが^^;)
あと一ヶ月半、頑張らなくちゃ~^^v



さて。
本日は欲張って、中国・四国地方の染織品のご紹介です。
少し範囲が広いのですが、時間も押し迫っていますので
どうぞよろしくお付き合い下さいね^^




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31:鳥取県   弓浜絣(ゆみはまがすり)
          倉吉絣(くらよしがすり)






弓浜絣は鳥取県米子市・境港市・西伯郡淀江町などで織られている綿紬の絵絣で
別名浜絣とも呼ばれています。
この地方は木綿栽培が盛んで、江戸時代小室新兵衛という人物が岡山から木綿の
種子を持ちかえったのが始まりと言われています。
弓浜絣は緯糸だけで模様を表す緯糸絣ですが、一番の特徴は絣糸の技法にあります。
これは手紡ぎの綿糸を張った台に絣模様の型紙を置き、墨を含ませた筆で模様を
糸に写し取ります。これを種糸といい、この糸の印をもとに糸括りが行われます。




倉吉絣は、鳥取県倉吉市を中心に織られる木綿の紺絣です。
明治初期と比較的歴史が新しいのですが、鳥取の弓浜絣・倉吉絣、
島根の広瀬絣は山陰の三大絵絣とも呼ばれています。
織られ始めた頃は経糸絣や縞絣でしたが、明治半ばごろから複雑な
経緯絣が織られるようになりました。模様はサヤ型や亀甲繋ぎ、
青海波など伝統的な絵絣が用いられています。また太い番手の
糸を用いて厚手の生地に織り上がるため、とても丈夫な織物です。





32:島根県   広瀬絣(ひろがかすり)
          安来織(やすぎおり)
          出雲織(いずもおり)




広瀬絣は島根県能義郡広瀬町、安来市などで織られる絵絣で、
広瀬の大柄、久留米の小柄と呼ばれるように、大きな絣柄に特徴があります。
幾何学と絵絣が一幅に織られたものが多い藍絣で、起源は江戸時代、
長岡貞子という女性が弓浜絣の技法を会得して織られ始めたそうです。
また、山陰の三大絣の中で、広瀬絣だけが種糸を使用せず、緯糸に直接
型紙から墨付けが行われます。
島根県の無形文化財にも指定されています。




安来織は、島根県安来市で織られている絵絣です。
この織物も種糸を使用し、手括りの後正藍で染め、手織りされます。
江戸時代から始まった安来織りは、昭和七年の産業美術民芸品店に入選
したことから、広くその名が知られるようになりました。



出雲織は島根県安来市を中心に織られている織物で、弓浜絣や広瀬絣など
の絣織物から発展したと言われています。
藍染めのシンプルな柄つけが特徴で、その技法は江戸時代頃に確立したと
言われています。






33:岡山県



すみません、岡山の染織品を調べてみたのですが不明でした。
しかし、岡山県では帆布が盛んに織られています。
またその技術をもとに、日本で最初の国産ジーンズが生まれた地としても
有名です。






34:広島県   備後絣(びんごがすり)




備後絣は広島県福山市周辺で織られる木綿絣で、江戸時代後期から
織られている藍染めの絣織物です。
備後絣は絣糸作りに特徴があり、富田久三郎という人物が竹の皮を
巻いて防染した手括りの絣糸の製法を開発し、井桁絣を織り出した
のが始まりと言われています。
備後絣は「有地絣」「唐糸絣」「文久絣」など様々な名称で呼ばれた
経緯がありますが、備後絣と落ち着いたのは明治初期と言われています。





35:山口県   柳井縞(やないじま)




柳井縞は山口県柳井地方で織られる木綿の藍縞織物です。
江戸時代初期、白生地を生産していたのが後に絣生産に転じたと言われ
この柳井縞の特徴として、二本の単糸を撚り合わせた諸糸、双子糸を
経緯糸ともに使用したものが多いそうです。
明治時代に入ってから高機を導入し、生産も盛んとなりましたが
その後一時途絶えたものの、昭和50年代に復興しました。







36:香川県   保多織(ほたおり)




保多織は、香川県高松市で織られる絹織物で、高松藩主松平頼重公の
名を受けた京都の織物師、北川伊兵衛常吉が創案した独特の組織を持つ織物で、
縦糸の操作で横糸を浮き上がらせる独特の織り方で、一般的な平織に比べると
凹凸があり、サラッとした肌触りと吸湿性にすぐれています。
また保多織という名は、丈夫なことから、「多年を保つ」の意味でつけられたと
いわれています。







37:徳島県   阿波しじら織(あわしじらおり)
          阿波藍染(あわあいぞめ)





阿波しじら織は徳島県で生産される、阿波産の藍などで糸を染めた
先染めの綿縮です。
このしじらとは布の表面にできる凹凸の事で、海部ハナが創案したと
言われています。起源には諸説あるのですが、江戸末期に木綿織の
筬一羽に糸二筋のところを三筋にして織り、熱湯をかけて天日干し
にしたところ布に自然の縮が表れたとも言われます。




阿波藍染は、徳島県で生産される藍を使って染められるものです。
藍染めに使われる藍は蓼藍で、これは全国で栽培がされているものの
徳島県産が質・量ともに優れていたため、全国的に「阿波藍」として
有名になりました。徳島では室町時代には藍が生産されていましたが
蜂須賀家政が城主の江戸時代に本格化されました。







38:高知県   土佐綿紬(とさめんつむぎ)




土佐綿紬は高知県香美郡香我美町周辺で織られる織物です。
土佐藩の奨励により、この地域は文化年間の頃から綿花の栽培が盛んで
土佐綿紬はかつて別名、赤岡縞・岸本縞とも呼ばれていました。






39;愛媛県   伊予絣(いよがすり)




伊予絣は愛媛県松山市を中心に織られる木綿絣で、この地方は
久留米・備後と並ぶ日本三大絣の産地です。
伊予絣は江戸時代頃から織られていましたが、当初は自家用の
綿織物で柄も縞や格子が主流でした。そんな中、鍵谷カナという女性が
絣模様の柄織物を織り上げたのが始まりだと言われています。
現在は多彩な色絣を織りだす機械織りの他、天然藍を使い高機で
織られた伊予絣が生産されています。






ふぅ~ようやく中国・四国まで終了しました^^;
残すは九州・沖縄です。
ですが宗流、沖縄地方の染織品は苦手です…。
でも、たくさんの染織品が今も残るというのは、
それだけよいものが継承されているって事ですものね。
頑張るぞ~!!




宗流
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by sou-ryu_mame | 2010-08-29 23:23 | きもの検定について

きもの検定 全国の染織品 近畿地方(滋賀・京都・奈良・和歌山・大阪・兵庫)








こんにちは。
本日二回目の検定のお勉強です。
まだ一つUPしただけで、すでにもうヘロヘロです^^;
…ちょっと詰め込み過ぎの感はありますが、
普段なかなか時間がないので、出来る時にやらなくちゃ~!
まぁ、詰め込むだけ詰め込んで、扉を開けると
「どさっ!!」と荷物が落ちてくるクローゼットのような
気がしないでもありませんが、いざ仕方なし。
お片付けが苦手な宗流です!



さて。今回は近畿地方の染織品のご紹介です。
この地域には織物・染物ともにたくさんあります。
それでは早速まいりましょう~!!




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25:滋賀県  近江上布(おうみじょうふ)
          秦荘紬(はたしょうつむぎ)
          浜縮緬(はまちりめん)



近江上布は滋賀県の湖東で織られている麻織物です。
上布は麻の繊維を糸にして織る織物ですが、麻の性質として
乾燥すると切れやすい難点があるのですが、湖国である近江地方
は気候がしっとりと麻に潤いを与えるそうです。
近江上布は苧麻を手績みし地機で織る生平とラミー糸を用いた
絣織物が作られています。
この生平(きびら)とは、経緯糸ともに苧麻を使い、漂白をしない
麻織物をよびます。
またもう一方の絣織物の糸を染めるのは、石川県の能登上布と同じく
「櫛押し捺染」という技法が用いられます。



秦荘紬は滋賀県秦荘町で織られる絹織物です。
戦後生まれと比較的新しい織物ですが、近江で織られる上布の技術を
紬織物に応用した織物で、着尺だけでなく帯などにも使われます。
種類には大きく分けて二つあり、経糸に座繰糸、緯糸に真綿糸を使い
化学染料で染めたものと、経緯糸とも真綿の手紬糸を使用し、
植物染めしたものの二種類があるそうです。


浜縮緬は滋賀県長浜市で織られる、多くは模様のない無地縮緬です。
新潟県五泉市、京都の丹後地方で織られる白生地とともに
浜縮緬の産地である長浜で織られる浜縮緬は日本の三大縮緬といわれており
滋賀県の琵琶湖の軟水で精錬されるこの生地は独特の風合いを持っています。








26:京都府   京友禅(きょうゆうぜん) 
          京小紋(きょうこもん)
          京鹿の子絞り(きょうかのこしぼり)
          西陣織(にしじんおり)
          丹後縮緬(たんごちりめん)
          藤布(ふじぬの)




京友禅は京都市で染められる友禅で、東京・加賀と共に三大友禅に数えられます。
京友禅は渋さが持ち味の東京友禅や加賀友禅と大きく違う点に、
友禅染を施した後、金彩や刺繍などの装飾を加え、華やかに完成されます。
また東京友禅が一人の作家による一貫作業に対し、京友禅は完全分業作業で
下絵から糊置き、色挿しなどの工程がそれぞれの専門職人の手によって
行われます。その工程は約二十種とも言われています。



京小紋は「京型小紋」とも呼ばれ、何枚もの型を使い京友禅のような
雰囲気を持つ小紋染めの事です。この型紙は表される色と同じ数だけ
用いられ、最低でも20枚、多い時では100枚を超えるとも言われています。



京鹿の子絞りは本来、京都で生産される鹿の子絞りをさしていたのですが
現在では帽子絞りや桶絞りなどの技法を含め、京都で生産される絞りを含め
様々な絞りに対しての総称とされています。



西陣織は京都市西陣で織られている織物を総称してそう呼ばれます。
着尺地もありますが、そのほとんどは帯地で、金欄・緞子を始め
錦織や唐織など様々な美しい織物が織られています。
西陣織は明治以前ジャガード機が導入されるまでは、二人がかりで織る
「空引き機」を使用していましたが、現在では力織機が中心となりました。
しかし、現在も伝統の手織りで織られる職人もおられるそうです。


丹後縮緬は京都府丹後地方で織られる白生地で、浜縮緬が無地ものに
対し、丹後縮緬の多くは紋織物が中心です。
この地方で縮緬織りが始まったのは江戸時代中期頃で、丹後に住む
絹屋佐平治が西陣で織物の技法を学び、丹後地方へと持ち帰った
事が縮緬織の始まりだと言われています。



藤布は、科布・葛布などと同じく古代布として知られており
京都府丹後地方で織られています。
藤は蔓の部分を刈りとり、皮をはいで中の繊維質を乾燥させ
湯で煮てから何度も水でさらし灰汁を抜いてから績んで糸を作ります。






27:奈良県  奈良晒(ならさらし)



奈良晒は奈良県月ヶ瀬村で織られていた麻織物です。
江戸時代には衣服用としての供給地として月ヶ瀬は知られていましたが
明治に時代に入ると、蚊帳などの生地生産に転換されたそうです。
また奈良晒は奈良県の無形文化財にも指定されています。







28:和歌山県



すみません、和歌山県の主な染織品を探してみたのですが不明でした。







29:大阪府   注染ゆかた(ちゅうせんゆかた)



注染ゆかたは東京・大阪・静岡で染められている、
主にゆかたや手ぬぐいなどに使われる染織法です。
こちらは以前東京都の項でご紹介いたしましたので、
詳しくは→こちらの東京をご覧下さい。






30:兵庫県   丹波布(たんばぬの)
         


丹波布は兵庫県丹波市青垣町佐治地域を中心に織られている
木綿織物の一つです。
この地方では江戸時代末期から木綿の栽培が始まり、ここで
織られたものは「佐治木綿」と呼ばれていました。
明治末期に一度綿織物は途絶えましたが、昭和に入ってから
柳宗悦氏によって再び復興し、丹波布と名付けられました。
現在では国の重要無形文化財に指定されています。
丹波布は経緯糸ともに木綿の手紬糸を使用し、また緯糸の一部
にはこの地方で古くから行われた養蚕業で出た出荷できない繭を
つまみだして糸に交ぜて使用されています。






近畿地方終わりです~^^
残るは中国・四国地方、九州・沖縄地方です。
ようやく先が少し見えてきました。
でも、お勉強はまだまだ一歩目を脱してません^^;
頑張らないと!!
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by sou-ryu_mame | 2010-08-28 18:31 | きもの検定について

きもの検定 全国の染織品 東海地方(静岡・愛知・岐阜・三重)





こんにちは。
お盆も終わり、八月の余すところあと数日。
みなさまの今年の夏はいかがでしたか?


宗流はこのところばたばたしていたのですが、
ふとカレンダーを見てがっくし…
気付くと試験まであと一ヶ月半!!!
今日は楽しい週末~♪ 何て言ってる場合ではありません。
と、いう訳で今日からまた気を入れてお勉強です^^



それではさくさくっとまいりましょう!
本日は一気にご紹介させて頂きます^^(←予定)
まずは東海地方。
この地域はいまもニット製品や繊維関係の会社の多い地域ですね。
どんな染織品があるでしょうか~。




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21:静岡県  注染ゆかた(ちゅうせんゆかた)
         遠州木綿(えんしゅうもめん)




注染ゆかたは東京・大阪・静岡で染められている、
主にゆかたや手ぬぐいなどに使われる染織法です。
こちらは以前東京都の項でご紹介いたしましたので、
詳しくは→こちらの東京をご覧下さい。 




遠州木綿は静岡県浜松市を中心に織られている綿織物で、
遠州織物・遠州綿紬とも呼ばれています。
この地方では平安時代から絹織物が盛んでしたが、
安土桃山時代に入ると、綿の栽培が始まり綿織物の遠州木綿が
生まれたと言われています。
この綿の集散地として発展したのが笠井という地域で、
遠州や三河で織られた織物は「笠井縞」と当時は呼ばれており
それがやがて遠州縞となったそうです。






22:愛知県  有松・鳴海絞(ありまつ・なるみしぼり)
         愛知友禅(あいちゆうぜん)



有松・鳴海絞は愛知県有松市と鳴海地区で生産される絞り染めです。
発祥は有松でお土産物として売られていた木綿手拭いに豆絞りを施した
ものと言われていますが、現在は木綿だけでなく絹にも加工がされています。
その技法はとても種類が豊富で、約百数十種に上ると言われています。
代表的な三浦絞りや鹿の子絞りを始め、巻き上げ絞り・蜘蛛絞り・手筋絞りなど
様々な種類がありますが、これらは一人の職人が全て行うものではなく、
それぞれの手法に専門の職人を置く完全分業制だそうです。
また絞り加工以外でも下絵や型紙を彫る職人においてもそれは同じで
それぞれの工程を各職人が分業で行っています。



愛知友禅は愛知県名古屋市を中心に生産されている友禅染です。
京都や東京の友禅と同じく、手描き友禅・型染め友禅の二種類がありますが
どちらも他の地域の友禅染には見られない、色数を控えた
独特の渋さが特徴で、伝統工芸品にも指定されています。








23:岐阜県  岐阜縮緬(ぎふちりめん)
         郡上紬(ぐじょうつむぎ)
※美濃和紙(みのわし)




岐阜県岐阜市西部鏡町地区を中心にした地方では、江戸時代より
絹織物(縮緬)が盛んに行われていました。
しかし、昭和に入り衣服の洋装化が進む中で次第に和装の織物から
アパレルの服地・インテリア関係の織物が発展して行きました。



郡上紬は岐阜県郡上市八幡町で織られる絹織物です。
本来郡上には野生の蚕糸を植物染めして織った「郡上織」があったのですが
これをもとに宗広力三氏が織り始めて広まったのが郡上紬です。
郡上紬は糸に野蚕の一種、エリ蚕糸を用い、手紡ぎ、草木染め、手織りで
織りあげるのが特徴です。



※直接染織品を生産するものではありませんが、
岐阜県の美濃和紙は、型染めを行う際の型紙にはなくてはならない素材です。
美濃和紙は特に丈夫で、三重県で生産される型染めに使われる伊勢型紙は、
美濃和紙を三枚重ねにし濃度の高い柿渋で張り合わされて作られます。







24:三重県  松阪木綿(まつざかもめん)
         伊勢木綿(いせもめん)
         伊勢型紙(いせかたがみ)




松阪木綿は三重県松坂市で織られている綿織物です。
伊勢平野では古くから木綿の栽培が盛んでしたが、
その特徴でもある縦縞のルーツは、意外にもベトナムにあります。
当時安南と呼ばれていたベトナムには「柳条布」という布が織られており
それを松阪へと持ち帰った商人が日本風にアレンジを施して
松阪木綿の起源となったそうです。



伊勢木綿は伊勢平野近辺で織られている木綿織物の総称です。
織られる地域・種類により桑名縞、白子木綿、富田木綿など様々な
呼ばれ方も存在しています。
この伊勢木綿の特徴として、撚りや引きそろえをしない単糸を使用する
という点です。これによって織られた織物は肌触りが柔らかく、
保温性や通気性に富んだものが出来上がるのです。



伊勢型紙は白子地区(三重県鈴鹿市)で生産される型染めのための型紙を指します。
この伊勢型紙が最も栄えたのは江戸時代で、天和3年(1683)に奢侈禁止令が
出され、贅沢が禁止される中、単色で染められる清楚な型染による小紋の流行に
つながりました。それは武家社会でも見られ、各藩の大名たちはそれぞれの藩に
定めた小紋柄を用い、武士たちの裃などに染めさせる一方、一般の使用を禁じました。
この特定の柄を「定め紋」「定め小紋」と呼びます。


        



はぁ~ようやく東海地方終わりです。
次はいよいよ宗流の本拠地、近畿地方です!
とはいえ、得意な分野は何もないんですけどね…^^;




宗流
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by sou-ryu_mame | 2010-08-28 12:03 | きもの検定について

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