宗流がお届けする小さな豆知識。
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時を超え 正倉院文様その2


こんばんは。
早いもので、もう2月も半ばを過ぎましたね…
と、何でもない振りをしてやり過ごそうと思いましたが
あまりに久しぶりの投稿で、やや勝手がわからない有様の宗流です^^;

本日は久々の投稿、そして前回の正倉院文様その1に続く
その2です。
どうぞよろしくお付き合い下さい^^



さて、前回は正倉院についてのあらましをざっくりとお伝えしたのですが
今回はごくごく一部ですが、正倉院文様の柄をご覧いただきながら
簡単なご説明をさせて頂きたいと思います!

では、まず1点目から♪


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こちらは連珠文の中に白虎と朱雀を織り出した文様です。
この「白虎」「朱雀」は虎と鳥を表しています。
そして古来中国では天の四方を司る霊獣とされており、
北の玄武(亀)・東の青竜(龍)・西の白虎(虎)・南の朱雀(鳥)
がそれぞれの方角を守っていると伝えられています。

中国から伝わった正倉院文様は、このような空想上の生物の文様が
多く描かれている事も特徴の一つです。
また画像では判別しかねるのですが、白虎と朱雀を囲む
一番内側の丸い輪は、小さな珠が連なっているような形を
しています。これは「連珠文」と呼ばれる代表的な正倉院の
文様と言われています。


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二枚目の画像は、駱駝(ラクダ)に乗って琵琶を奏でる胡人を表しています。
(胡人:中国北西部の遊牧民族といわれる)

画家、平山郁夫さんの絵でもお馴染みですが、ラクダは「砂漠の舟」とも呼ばれ
遥かなシルクロードを旅するのに欠かせない相棒です。
そしてその長い長いシルクロードを経て、正倉院の文様は日本に伝わりました。
この柄などは、まさにそうした古代の風景そのものなのかも^^

また琵琶も図案や楽器として正倉院の宝物の中に
数多く遺されています。


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三枚目の画像は、花喰鳥(はなくいどり)を描いたものです。
この花喰鳥、正倉院文様の中でも非常にポピュラーな存在なのですが
実はそれだけでなく、おめでたい吉祥文様としても分類されます。

厳密に言えば、実はこの画像は花喰鳥とも言い難いかもしれません。
花喰鳥とは、花や松などの小枝や綬帯(じゅたい)をくわえた様を
描かれる事が多いのです。
そして名前が表すように、花や唐草・植物の枝などと組み合わされて
描かれています。

吉祥文様というくらいですもの
鳥がくわえる花や枝は、もしかしたら幸福の印なのかもしれません^^


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最後の画像は、蜀江文です。
特徴的な八角形と四角形をつないだ形に、唐花などを合わせて
描かれる事が多い文様です。
どことなく、寺院の格天井などによく見られそうな文様でしょうか。

この蜀江とはもともと「蜀」に流れる川をさしていました。
絹織物の盛んだったその地域で織られた錦織は大変美しく、
「蜀江錦」と呼ばれ珍重されていたそうです。
また後にこの文様自体が「蜀江錦文様」と呼ばれるようになったのです。



駆け足で4点のご紹介をさせて頂きましたが
これらは膨大な正倉院文様の中のほんの一部に過ぎません。

どれももともとは異国からやってきた文様ですが
何世紀をも経た現代の中で、これらは今なお生き続けています。
そして私達にその当時の時代を垣間見させてくれるのです。

先人はこうしたものを生み出し、また後世に遺し伝える事で
言葉では表せない何かを私達に伝えるのでしょうか。
そう思うと、こうした文様は民族や時代の垣根を軽々と越え
私達に言葉にならないメッセージなのかな、
そんな風に思う宗流です^^



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by sou-ryu_mame | 2010-02-17 20:16 | 文様について

時を超え 正倉院文様その1


こんにちは。
週末の一日、皆さんいかがお過ごしでしょうか?
私は残念ながらのお仕事ですが、本日の京都はすっきりとした
快晴の秋のお出かけ日和でした。
そろそろ紅葉狩りにもいい季節です、明日辺りは京都も観光の方が
多いのかもしれません♪



さて。
久々の「宗流まめ知識」。
先日、宗流は奈良県の奈良国立博物館に「第61回正倉院展」
を観に行ってきました。
毎回たくさんの方が来場される正倉院展ですが、今回は過去最高の
29万人以上の来場者があったとか。
遥かな歴史に思いを寄せられる方ってホントに多いものなんですね…
そしてただ今宗流も、たまたま正倉院ネタのお仕事をしています^^;
と、いうわけで…本日はこれまた久しぶりに文様についてのお話、
「正倉院文様」についてです。


まずは。
正倉院文様という文様は、縞や格子などの文様とは違い、
何か特定のデザインを指しての文様ではありません。
言ってみれば「有職文様」などのジャンル的分類と言えばいいでしょうか。
どちらも特徴的な文様は多数あるものの、特定の柄一つを
指すわけではありません。

この正倉院文様は、聖武天皇が逝去された際、光明皇后がその冥福を祈り
奈良の東大寺正倉院宝庫に献納された工芸品や美術品・染織品などに
見られる柄を総称しています。
また中でも染織品は「正倉院裂」と呼ばれ、日本最古の染織文様と言われており、
あまたある宝物の中には十数万点もの正倉院裂が有されているそうです。


宝物の数々は、遠く西アジアや中国大陸などの各国から
シルクロードを経て、その終着点として遥か遠くの日本にもたらされました。
元来そうした舶来の柄だからなのでしょう、
正倉院文様は、今でこそ日本の「きもの」の文様の一つとして
しっかりと根付いていますが、どこか異国的な情緒が感じられます。

また今日所蔵されているこれらの宝物は、もともと一般の庶民が
生活の中で使っていた日用品ではありませんでした。
身分のある貴族や位の高い人々のため、名工と呼ばれる人たちが
拵えたものであるため、それに見合った豪華なデザインではありますが
その中にも気品のようなものが存在します。

どの文様もそうなのですが、特徴となるかたちをデフォルメして
一つの図が出来上がる中でも、この正倉院文様は特にその
文様の華麗さや構図の緻密さは素晴らしく、大変凝ったものです。
きっと、現在こうしたものを何の草案もなしに作り上げろと言われたら
大変難しいだろうという気がします。
いまもなお多くの人々の目を奪う宝物の数々は、その高価さだけでは
なく、こうしたデザイン的な素地も高いウエイトを占めている、
それは過言ではないのでしょうか。


また文様の図案のお話としては、空想上の生き物である
鳳凰・龍・麒麟などが多く描かれています。
その他にも植物文様としては唐草や葡萄の実在の植物に加え、
宝草華と呼ばれる仮想の植物文様などもあり、
もちろん実際に日本に存在したものもありますが、
日本固有のものではなく、諸外国からのものも多く含まれます。
そうした国際色豊かな点も大きな特徴の一つです。

そして、その文様の数々にはデザイン的要素のみを
見い出していたわけではありません。
それらの文様の背景には、ちゃんとした謂れや人々の願いが込められていました。
例えばその一つとして、多用されている「葡萄唐草」などは
古代パルミットより生まれたもので、豊かな実りと
生命力の繁栄を象徴しています。
ただの視覚的要素として生まれた文様としてだけなく、
こうした意味合いを持たせることで、文様はただの「絵柄」から
文様としての役割と使命を果たすよう、生まれるのかもしれませんね。


この正倉院文様が生まれたのは今から1300年以上昔の話です。
にも関わらず、多少の劣化は認められるものの、今なお姿形だけでなく
私達はそこに残された色柄や時間の経過をも見る事ができるのです。
私は、それをとても不思議な事に感じます。
言語を発し、ものを作り出す人間には限られた命しか持つ事はできません。
ですが、私達人間が作り出したものは、人の寿命を遥かに凌駕し
幾世代先の人々にもその息吹を伝える事ができるのです。

物言わぬ「もの」が伝える当時の人々の息吹…
正倉院文様には、そうした時代の片鱗が組み込まれている。
私はそんな風に感じます。
だからこそ長い歴史の中、守り継がれてきたのかもしれません。



※次回「その2」では、正倉院文様の例をいくつかあげていきたいと思います♪



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by sou-ryu_mame | 2009-11-14 17:58 | 文様について

江戸の「粋」


こんばんは。
今日はあまりにも暖かく、黙って仕事をしていると
つい、うとうとしそうな陽気でした。
そして、日が陰り始めた今も眠たい宗流です…zzz。


さて。眠気覚ましに本日のまめ知識!
今日は先日の江戸時代の「琳派」文様の江戸繋がりで
「江戸の粋・縞柄」についてのお話です。

江戸時代、特に後期はきものに関しての発展が
著しい時代だといっても過言ではありません。
帯の結び方や、帯揚げや帯締め等の小物の使用も
その一つなのですが、文様の世界にも大きな波がやってきました。
当時の江戸市中の人間の多数を占める「町人」を中心とした、
「町人好みの江戸の粋」を主題にした文様です。

その中でも、大いに人気を博したものに、「縞」や「格子」があります。
ところでこの縞柄、もともとはこの「縞」の字ではなく、
「島」という字があてられていたそうです。
と、いうのも伊勢貞丈という人物が記した「貞丈日記」(1843年)に
よると、この文様は南方の「島」で織り始められた事から、
以前は縞柄と格子柄を含めた、直線で表される柄を総称し、
「島柄」と呼んでいたと記載されているそうです。

もともと「縞(島)柄」は茶道をたしなむ粋人たちの間に流行した、
舶来の織物(名物裂)にあった、「間道」(かんどう)とよばれる
縞・格子模様を織り出したものをさしていましたが、
その需要が高まるにつれ、国内でも縞柄の織物の生産が
始まりました。
その中でも、特に有名なものに唐桟縞があります。
これは、もともと木綿の産地インド・東南アジアからも輸入した
綿織物の総称でしたが、江戸中期以降は日本国内でも
生産されるようになりました。

この綿の縞織物が普及するにあたり、
ファッションリーダー的な役割を担ったのが
当時の役者・遊女たちでした。
そして、彼ら、彼女らの衣装として登場した縞織物は、
やがて徐々に一般の女性たちの間でも大流行を果たします。
また、この縞柄がもし絹織物であったなら、なかなか一般の町人にまで
浸透する事は難しかったかもしれませんが、木綿を主材料とする
織り物であった事から、容易に広まったとも言われています。



ですが、町人文化が全盛を迎えた江戸時代後期、
江戸幕府は幾度も奢侈禁止令を出し、人々の衣服や生活を
厳しく制限していきました。
しかし、この厳しい取り締まりに対して、町人たちは「粋」という概念を持って
独自の町人文化を発展させていきます。
きらびやかで派手やかな色合いを避け、
地味でありながらも渋さを持ち合わせた色合い。
そして、シンプルながらも洗練された線と面の作る意匠。
縞も格子も、ある意味ではそうした制限の中だからこそ
「江戸っ子の粋」という発展を遂げていったのかもしれません。

けれど、そうした制限にも対応できるのは
無駄をそぎ落とした構成、そして究極のシンプルさであるが故。
そして無数のバリエーションにもかなうのは
たった二色で表現可能な意匠だからこそ、なんでしょうね…。



宗流


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by sou-ryu_mame | 2009-04-09 18:07 | 文様について

A design of the 「江戸」


こんばんは。
本日の京都は、暖かかった昨日より更にいい陽気となりました。
今週はいいお天気が続くとの予報でしたが、
気温の方も比例して上がって欲しいと
切に願う、極度の寒がりの宗流です。


さて。
本日のお話はきものの中の「琳派」についてのお話です。
琳派と一口に言っても、あまりにテーマが大きすぎるため
ごくかいつまんでのお話となりますが、
どうぞよろしくお付き合い下さい。


「琳派」と言ってまず最初に思い浮かべる方が多いものに
「風神雷神図」があるかもしれませんね。
風の神様と雷の神様が2曲1双の屏風に描かれているもので、
現在では国宝にもなっている、この風神雷神図を描いた
「最初の」画家が「俵屋宗達」です。
…ちなみに、上記に「最初の」とあえてつけたのは、この宗達の
「風神雷神図」は、後に「尾形光琳」「酒井抱一」によって
模写されているからです。

この琳派の代表的な画家の中から、今日は主に「尾形光琳」の
お話を中心にお伝えしたいと思います。


尾形光琳は、江戸時代の1600年代半ばに、京都で誕生した画家です。
この光琳には実の弟で「尾形乾山」という陶芸家がおり、
乾山が作った茶器に、光琳がデザインを施すといった具合に
兄弟揃って琳派の代表的な芸術家として知られています。

ところで、「光琳」といえば、きものの世界の中にも
この名前を冠した有名なものがあります。
「光琳梅・光琳波」などの文様です。
光琳梅は、梅の輪郭に花弁だけをあしらった、ごく単純化されたもので
光琳波は、特徴的な曲線で表された水面をさします。
そしてこの文様は、江戸時代に大流行をみて以降、
現在でも大変人気のある意匠の一つです。


この「画家・尾形光琳」なのですが、実はまんざらきものの世界と
無縁の人物ではないのです。
光琳・乾山の生家は、「雁金屋」という大きな呉服商だったのです。
光琳が誕生した頃などは、大層裕福な商家だったようで
そのおかげで光琳は幼い頃から能や茶道などの芸能に触れる機会が多く
それが画家としての根底にあったのかもしれません。

そして、光琳の個性的な作風は屏風や軸などの
絵画だけに留まらず、当時の裕福な女性たちの小袖にも描かれ、
それが人気を博し、徐々に富裕層以外の女性たちの
きものにも「デザイン」という形で浸透していったと言われています。

今もきものや帯の意匠としてだけでなく
アートやインテリアの世界でも人気の光琳デザイン。
当時の光琳自身が、何百年後の私たちにも同じように
愛着を抱かせるものになると画策していたかは別として、
その当時の光琳は画家としてだけでなく、現代でいう売れっ子の
「デザイナー」および「テキスタイル作家」であったのでしょうね。



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by sou-ryu_mame | 2009-04-07 19:20 | 文様について

水辺の文様


こんばんは。
土曜日の夜、みなさまいかがお過ごしでしょうか?
私もようやく今週の仕事を終え、一息ついてます。
今週も頑張りました!


さて休日前に、本日は文様の話第七回、
「水辺の文様」に関するお話です。


水辺にはたくさんの文様が隠れています。
まずは水本体として、流水文・観世水、
そして、水の中で生活する生き物たちです。

この水中の生き物たち、文様のいわれとしては
かなり立派なものが多いのです。

まずは魚の鯉。
これは古い中国の言い伝えによると、鯉は滝を登り
龍に変化すると言われていることから、
立身出世の象徴とされ、ここから「登竜門」の言葉を生みました。
また亀は、これもご存じの通り長寿の象徴です。

水辺に描かれることの多いトンボ。
これも同じ昆虫の仲間を捕食して生き、
一直線に前進して後ろへ引かないことから「勝虫」と呼ばれ、
戦国時代は武運長久の願いを込めてよく使われた文様です。


そして、水の中の生き物の中でも「長」のような存在、龍。
これは生物の始まりは魑龍(ちりゅう)魅(みりゅう)
魍(もうりゅう)魎(りょうりゅう)の四つの小さな龍から生まれ
そこから全ての生き物に派生したと、中国では言われており
龍の文様は特に神聖なものとして扱われてきました。


中国だけでなく、日本でも権力の象徴や、
気運の上昇のシンボルとして尊ばれ、水神(蛇の場合も)
としても崇められてきました。
また、その龍や蛇の体を覆う「うろこ」も文様となっています。

これは三角形の文様で、
単独で描かれることはあまりなく、いくつか互位置に連ねて
「うろこ文様」と呼ばれています。

この三角形はそもそも病魔を表すと言われ
またそれと同時にそれらを排斥する強い呪性を
持ち合わせるものとして考えられてきました。
その結果、古くより厄除けや魔除にも多用されてきたのです。
うろこを持つ蛇が、脱皮する事を回生として
うろこにそのような願いを込めたとも言われています。


そう思えば…水の中には虫が魚に食べられ、
その魚を龍や蛇がまた食べるといった食物連鎖と同じように
文様にも連鎖があるような気さえしてきます。
とんぼのように小さな生き物から、空想の龍に至るまで
文様にしてしまう、古人の発想の豊かさには
今更ながら驚かされるばかりです。



ちなみに…本日唐突に「水辺の」というお話になったのは
宗流HPでは、来る2/15より
「こもの屋の小さなこもの展」と題して、
帯留をたくさんご紹介させて頂きます。
その中の一つに、「うろこ」の柄の帯留があり、
本日のお題はそこからの延長となりました。
また宜しければご覧下さいね。


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by sou-ryu_mame | 2009-02-07 23:47 | 文様について

日本に四季があってよかった


こんばんは。
今日の京都は日中暖かでした。
仕事でのお出かけも快適~!
でも、まだ2月…寒さもまだまだこれからですね。


さて、本日のタイトル…どこかのCMで使われていた気がします。
まぁそれはさておき、今日は久々に文様の話、第六回目です。

日本では春夏秋冬の四季がはっきりと分かれています。
穏やかな春や、光の鮮やかな夏、
自然の色美しい秋、そして白い雪の舞う冬…
日本はそれぞれの季節に美しい風景を持ちます。

その美しい四季の中で、日本の文様もそれぞれの季節を表す
ものが生まれ、きものの意匠として使われてきました。
中でも、春=花=桜といった文様などは
季節の文様の中でも真っ先に思い浮かぶものかもしれませんね。
それほど日本の四季、特に花々は季節によって
様々な種類を持っているといえるのでしょう。


春の桜・夏の杜若・秋の菊・冬の南天…
花を見るだけで、その季節が何となく想像がつきます。
ですが、時にそんな季節の植物文様の中でも例外があります。

その一つが、「桜楓文」(おうふうもん)です。
春の満開の桜と、秋の紅葉の楓。
日本人の好む二つの季節の植物ですが、
これらが最も美しい時期は春と秋と異なります。
桜楓文は、その二つが同じ場面に描かれた文様です。

この桜楓文は古くから絵画の題材とされ、
京都の智積院(ちしゃくいん)の障壁画・桜楓図はとても有名です。
また、季節の文様と四季を大切にする呉服の中でも
この文様は四季を問わず、通年使われることが多いのです。

少し矛盾があるようにも思われるかもしれませんが
これは、あえて季節の違うものを同じ空間に描くことで
逆に四季を表していると言われています。
四季を愛するが故、とも言えるかもしれませんね。


また、他にも季節を問わず使われているものに
「雪輪」があります。本来は雪印のマークでおなじみの
雪の結晶のかたちの角を、丸く抽象化したものです。
この文様も季節を問わないのですが、特に夏物の柄として
よく使われます。

これも「夏に雪?」と思われるかもしれませんが、
これは冬の図柄をあえて夏の着物に描くことで
見た目に涼を誘うという意図があります。
「夏の雪」…言葉にしただけでも美しい涼感があるように思います。
日本人の四季を愛でる気持ちがあってこそかもしれませんね。


こうしたものは、他にもたくさんあるのですが
なかなか一度ではお話しきれそうにありません。
またいつかの機会にでもご紹介できればと思います。
今日はこの辺りで…。


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by sou-ryu_mame | 2009-02-04 22:47 | 文様について

香りの文様


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こんばんは。
今日は朝のTVで関東のほうは雪でとても寒い一日との事でしたが
そちらの方面にお住まいの方はお風邪など召されてませんでしょうか?
明日から三連休という方も多いかと思いますが
体調を崩されず、楽しい連休をお過ごし下さいね。


さて。今日のお話も「文様」シリーズの一環で、
昨日の源氏物語のお話の延長です。
本日の画像は、着物のお好きな方にはおなじみのものですね。
これは「源氏香図」の一部です。

「源氏香図」は、「源氏香」と呼ばれて着物や帯の柄として
とてもよく使われているものです。
源氏香単体のもの、そして花や他の柄の一部としてなどに使われ、
愛好者も多い文様の一つです。

この源氏香、ただのアルファベット状の直線の集まりのように見えますが
非常によく似たこの形状のものは52通りあり、それぞれに名称がついています。

源氏物語は54帖のパートで構成されており
そのうち、第1巻の「桐壺」と最終巻の「夢浮橋」を除いた52帖の巻名が、
それぞれの図案に付けられています。
また、本来は着物の意匠としてでなく
香を焚いてその香りを聞いて愉しむ(香道の嗅ぐ=聞く)香道のもので、
この文様を使用する遊びを、「源氏香遊び」と言います。

これは五種の香を順に焚いて、その五種の香りを聞き分ける遊びで
最初に紙に五本の縦線を記し、聞き分けた香が同じものなら
横線で結ぶという遊びだそうです。
私はまだ未体験なのですが、聞いているだけでも難しそうです…。
香道も古の女性のたしなみの一つだったという事を聞くと
五感全てを、常にいい状態にしておかなければならないのかもしれませんね。

そして、その感性や知性が文様としての源氏香を生み、
線の集まりに見えるものに雅やかな雰囲気を与えたのかもしれません。


けれど…
この香道ほど複雑なものでなくても
現代にはもっと手軽に香りを愉しむ方法があります。
お香やエッセンシャルオイルなどのアロマテラピーです。
ボディフレグランスのお店や、輸入雑貨店にはとてもたくさんの「香り」が揃い、
私たちを癒し、愉しませてくれます。

その中でも自分のお気に入りの系統の香りを見つけ、
香りを組み合わせてみるのは、ある意味では現代的な香道の一つかもしれませんね。


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by sou-ryu_mame | 2009-01-09 22:06 | 文様について

千年前の恋物語


こんにちは。
そろそろ街もお正月模様が抜け始め、
いよいよ本格的に冬の日常が戻ってきたような気配です。
ちょっと油断をすると、お正月の間なまっていた体が
調子を崩してしまいそうで怖い季節です。
お風邪など召されませんように…。


さて、本日は昨日の「色のお話」から再び逆戻り、
「文様のお話」です。
今日はその中でも源氏物語を主題にした
「文学文様・文学意匠」のお話です。


もう昨年となってしまいましたが、昨年はある記念の年だったのですが、
何の記念年かみなさまご存知でしょうか?
平安時代の女流作家・紫式部によって「源氏物語」が執筆された、
源氏物語・千年紀の年です。
文学作品としての認知度も人気も非常に高いこの「源氏物語」ですが
じつは、着物の意匠としても大変馴染みの深い物語なのです。


着物の意匠の中には、文学から主題をとるものが少なくありません。
八橋の意匠で有名な「伊勢物語」や前出の「源氏物語」は
古くより多くの意匠が残され、現在でも人気の高い意匠の一つです。
当時の雅やかな風情は、着物の意匠としては好適だったのでしょうね。


さて、この「源氏物語」ですが、数々の恋の浮名を流した美形の主人公、
「光源氏」の生涯と、その後の源氏の子孫たちの恋模様を描いた
絢爛豪華な歴史恋絵巻なのですが、
着物の意匠として使用される際は、光源氏の美しい容貌ではなく、
姫君の着物や王朝の建築や風景なども含め、
各場面のハイライトともいえる情景やそれにまつわるモチーフを
源氏物語の意匠として描かれます。


例えば幔幕と楽太鼓、鳥兜のモチーフでは「紅葉賀」
御簾と縁側に猫を配したモチーフは「若菜上」など、
それぞれの巻に登場するモチーフから
その意匠が「源氏物語」である事を暗に伝えるような手法がとられています。


…しかし、千年も経てなお支持される「源氏物語」とは
どうしてこれほど女性の心を強く掴むのでしょうね?
光源氏の美しさや、雅やかな平安王朝の様子も
文字に表される中では、個人の創造力に頼る部分が大きく
きっと形に表した瞬間、個人差が出るものかもしれません。

けれど、夕顔のような佳人薄命的な人生や
花散里のように、容姿より内実に優れた女性というような
登場人物の女性たちの像というものは、
女性であれば共感や関心をひくのかもしれません。

それに…
いつの時代であっても女性は美男子と、
人の恋模様に興味を抱くものなのかもしれませんね。



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by sou-ryu_mame | 2009-01-08 17:11 | 文様について

江戸時代のファッションリーダー…?

こんばんは。
祝日(天皇誕生日)の一日、みなさまいかがお過ごしでしたか?
いい一日をお過ごしだったのでしょうか。

さて、宗流まめ知識の「文様」シリーズも三回目です。
そろそろネタが尽きそうで若干不安も抱いていますが、
探せばざくざく出てくるのがこの「文様」シリーズ(?)
もうしばらくお付き合い下さいね。


さて、本日は「小紋」のお話。
この「小紋」、今日は着物の小紋ではなく「小紋柄」のお話です。

まず小紋というと一番に思いつくのが「江戸小紋」でしょうか。
特に「江戸小紋三役」と呼ばれる鮫・行儀・角通しは、
紋を入れると色無地と同じ格の準礼装にもなる使いやすい小紋です。
この「小紋柄」がもとは武士の裃に各家が柄を決めて(留柄)
使用していたのは有名なお話です。

他にも「松葉」(徳川家)、「大小あられ」(薩摩藩島津家)、「菊菱」(加賀藩前田家)
など、各家の小紋柄は現在の着物の柄にも多用される柄となっています。

今でこそ、この細かな小紋柄は私たちも使用する柄となっていますが、
武家社会が支配していた江戸時代では、一般の庶民は使用できませんでした。
ですが、粋と洒落を信条としていた江戸っ子たちは、
武家の使う小紋柄とはまた別の小紋柄を流行に取り入れたのです。
そのひとつが「歌舞伎文様」「役者文様」です。

当時の江戸の娯楽として歌舞伎は大変人気がありました。
また、その舞台演じる歌舞伎役者は、人気俳優であると同時に
現代でいうファッションリーダー的な役割を担っていました。
人気演者たちの身につける着物の柄は、すぐに江戸の人々の
人気の柄となったのです。

たとえば、
刃物の「鎌」と「輪」・「ぬ」の絵と字が連なった模様で「構わぬ」
と読ませる洒落のきいた柄は、七代目 市川団十郎。
(鎌輪奴・かまわぬ文様)

四本と五本の縞を縦と横に交互に組み、
その組んだ格子の中に「キ」と「呂」の字を配置させて「キ九五呂」と読ませる柄は
三代目 尾上菊五郎。
(菊五郎格子)

四本の縞を並べ、その横に「C」の文字を交互に組んだもの(たんすなどの取っ手の鐶(かん)
は三代目 中村歌右衛門(俳号・芝翫)
(芝翫縞)

などなど…
この時代の役者・そしてそれを好んだ庶民たちは、
さまざまな洒落のきいた文様を流行させたのです。
そしてそれらの多くが現在も歌舞伎関係の浴衣手ぬぐい、
また私たちもよく目にする襦袢や羽裏などの柄に使われ、
また全く着物と関係ない雑貨にも使われているのです。


当時の歌舞伎役者は、ファッションリーダーとしては
きっといまでいうエビちゃんや浜崎あゆみのような存在だったのかもしれません。
彼女たちがファッション雑誌で身につけた衣装が流行を作ったように
昔の役者達は自分たちが身につけた衣装の柄で
流行を作っていったのでしょう。


宗流


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by sou-ryu_mame | 2008-12-23 22:18 | 文様について

めでたき哉

こんばんは。
本日の京都はあまりすっきりとしないお天気でした。
私も一日細かな雑用が多くて、どうもすっきりしません。
細かい雑用こそ大事に…とは思うのですが
ついつい後回しにして溜めてしまいます。
要領が悪いのでしょうか…(泣)


さて、本日は昨日に引き続き「文様」のお話です。
この文様シリーズは、あまりに奥が深すぎて
一度や二度のお話ではなかなか終わりそうにありません。
ですので、宜しくお付き合い下さいね。


文様といえば、真っ先に思いつくものの中に
「吉祥文様」があるという方も多いかもしれません。

何しろ、生活の中でお祝い事というのはとても多いです。
出産・入学・卒業・結婚・長寿…
人の軌跡のそれぞれに、お祝があると言っても
過言ではないかもしれませんね。


古くより、人は物に対しての連想や、
何かの願い・祈り、物の状況などを「文様」という図柄に託してきました。
そして、その中で人の気持ちが最も込められた文様が
「吉祥文様」ではないかと私は思っています。


「鶴亀」千年・万年の長寿を願って。
「おしどり」夫婦仲の良い所から、婚礼の衣装などに。
「宝尽くし」様々な宝物を表す事から、富の象徴。
「貝合わせ」他の貝同士では合わないことから夫婦の契りを示す。
「熨斗(のし)」古くより祝儀の進物に使われた。

他にも、松竹梅・四君子などなど…数え上げるときりがありません。

またこのおめでたいモチーフを吉祥文様とするのは
何も日本だけの事ではありません。
外国でもおめでたい文様というものは存在します。
例えばお隣の国、中国ですと…

日本では「雲取り」など、柄と柄をつなぎ、空間のバランスを取るための
イメージの強い「雲」は、形がキノコの霊芝(れいし)に似ていることから
霊芝雲と呼ばれ、不老を象徴する文様ですし、
忌み嫌われる事の多い「こうもり」も漢字で書いた「蝙蝠」が
幸福と同じ読みをするという事から吉祥の象徴とされています。

可愛らしい姿形から日本でも柄のモチーフに使われる事の多い
「金魚」や「レンゲ」も、中国では吉祥文様とされています。
また、日本でもなじみ深い「葡萄唐草」は中国だけでなく古代ヨーロッパでも
豊穣や発展を意味する文様として、建築のレリーフにも使われてきました。


そう思うと…
お国や人種の違いがあったとしても、古くから人は
「おめでたい事」に対しての願いがことさら深かったのでしょうか。
そして、その思いの強さが多くの吉祥文様を生み出したのかもしれません。


ただ、私が一つ謎に思っているのは…
繁栄の象徴である「唐草」の文様が
なぜイラストやマンガの泥棒の風呂敷に使われたのか今以て謎です。
繁栄を願うとは思えないですしね…。
ご存知の方がいらっしゃったらお教え下さい。


宗流


昨日の割付文様や、本日の吉祥文様のいくつかが
こちらにも出ています。宣伝を兼ねて…なんてね。

宗流クリスマスセール


和装小物 宗流
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by sou-ryu_mame | 2008-12-17 19:36 | 文様について

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