宗流がお届けする小さな豆知識。
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2010 正倉院展 その1


こんにちは♪
本日は祝日、お仕事もお休みです^^v
今日は「文化の日」ですね。宗流は今日は何も文化的なイベントは
予定しておりませんが、みなさまはどこかお出かけされるのかしら^^
今日も素敵な一日となりますように~!


さて。
今日は「文化の日」という事で、ちょっとした文化の香り(?)漂うお話です^^;
先日の日曜日、宗流は奈良県で開催されている「正倉院展」に行ってきました。
本日はその際に購入した出展目録から幾つかの展示物をご紹介しつつ、
当時の染織品などのお話を中心にお伝えさせて頂きたいと思います。
どうぞよろしくお付き合い下さいね^^


さっそく、まずはこちらから。

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こちらは今回の正倉院展の図録の表紙です。
この表紙は「螺鈿紫檀五絃琵琶(らでんしたんのごげんびわ)です。
今回の出展品の目玉でした。
昨年も見事な螺鈿の琵琶が出展されていましたが、今年のものも
とても美しい細工が施されていました^^

螺鈿は貝殻を切り取ったものを研磨し、漆地などに嵌め込んで
さらに磨きをかけて作られる工芸品です。
この螺鈿は箱ものや家具の工芸品によく見られますが、
帯や着物の装飾としても使われる事がありますね。

お話を琵琶に戻し、次は施された文様についてみてまいりましょう。
ちょっと見えづらいのですが、この琵琶は向って左上のものが面の表で
右下のものが面の裏となります。
面の表にはらくだに乗って琵琶を奏でる人物と唐花文が、
そして画像では判別しにくいのですが、槽には唐花文と含綬鳥(がんじゅちょう)、
雲があらわされています。

唐花文、含綬鳥、雲ともこの奈良時代の文様には多く見られる文様です。
含綬鳥とは、花の枝をくわえた花食鳥とともによく見られるもので、
綬帯(じゅたい)とよばれる紐状の装飾品をくわえてた鳥の事です。
また雲も多くの宝物にあらわされていますが、雲については改めて下の画像で
お伝えさせて頂きますね。




次は生地を二点。


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上の青い生地は「浅縹布(あさはなだのぬの)」
下の茶色の生地は「遠江国調黄絁(とうとうみのちょうきのあしぎぬ)」です。


まずは「浅縹布」ですが、こちらは「縹」という色が指し示すように
藍によって縹色に染めた生地に、白の絵具で雲の文様が描かれています。
今現在、藍染めといえば藍甕に生地を浸して染め上げられるものを連想させますが
この生地の染めには、藍による引き染めが施されているそうです。
これは正倉院の宝庫に収められた染織品の中でも、とても珍しいものだそう。
そしてその生地に後から雲の文様を描いています。
この雲の文様は奈良時代に盛んに描かれた柄で、霊茸雲(れいしぐも)・天平雲とよばれ
中国では古くから吉祥の文様といわれています。
一見すると、孫悟空の乗り物の筋斗雲のかたちと似ていますね^^
またきものをお召しになられる方には、有職文様の雲気文様はおなじみかもしれません。

次に「遠江国調黄絁」ですが、この絁という言葉はきものの事を学ばれている方には
美濃絁や常陸絁といったもので耳慣れていらっしゃるかもしれませんね。
日本古来の絁は太い絹糸で織られた紬の原型のようなものとされているようですが、
実際に現存する絁には、平絹物と遜色ないほどの細い糸で織られたものもあるそうです。
そしてこの生地の名前にある「黄絁」、現品は茶褐色を帯びていますが、
染料の調査が行われた結果、現在も黄八丈などに使用される黄色の染料、
刈安が使われていたそうです。

どちらの生地も、千年以上の時を経てなお原型をとどめているなんてすごい事です。
宗流、ごく最近しばらく手入れを怠っていたモスの腰紐を虫食いにやられてしまい、
保存の大切さを身をもって体験しただけに、感心ひとしおです^^;

ちなみに、学校の歴史の授業で「租庸調」という言葉を習った憶えがありませんか?
宗流は今回のお出かけまで、すっかり忘れていましたが、
この展覧会に赴いてようやく思い出しました。
祖=年貢米 庸=徴用 調=献布 の租税制度を併せて租庸調とあらわしますが、
この上の二点の生地は「調」にあたる調布だったといわれています。

ですから、上の「遠江国調黄絁」をわかりやすくあらわすと、
税の一つ、調として遠江国(現在の静岡県の大井川の西部)から都へ献上された
黄色の絹織物(絁)というわけです。



…たった三点ご紹介しただけでも結構長くなっちゃいましたね^^;
まだご紹介したいものが幾つかありますので、この続きはまた次回へ。

そして、今回からお話をさせて頂いた内容から次回のきもの検定まで
ちょっとした練習問題をUPさせて頂こうと思います!
…今回またもや敗戦の色濃い宗流、次回三回目こそはと
ようやくエンジンがかかりました。これが今回から思い立っていたら、
少しは結果が違ったかしら…と、くよくよしていますが、
もしこれから三級、二級、一級(←これはちと微妙)を受験される方が
いらっしゃれば僅かながら参考になるといいな、そう思います^^



1:天平時代を中心に日本に渡来した聖武天皇・光明皇后ゆかりの宝物が
おさめられている倉庫を何というでしょう。またそれらの宝物の染色・工芸品にあらわされている
この時代の文様を総称して何とよばれているでしょうか?



2:天平時代の宝物が中央アジアを経て日本へと渡来する際に通ったとされる
古代の東西交通路を何というでしょうか?



3:実際には存在しない植物ですが、唐花文の中でも華麗な様相を持った
花をあしらった文様を何というでしょうか?



4:黄色の色素を抽出する染料として古くから使われているものの一つに刈安がありますが、
その他に黄色の色素を染めるための染料は何でしょうか?




ちょっと簡単すぎましたかね(汗)
もっとお勉強しなくちゃいけませんね。。
それでは答えです~! 
あくまでも宗流の解釈なので、単なる参考でしかないのですが^^;


1:正倉院 (奈良県の東大寺大仏殿の北西に位置する校倉造りの倉庫です)
  正倉院文様


2:シルクロード(絹の道ともよばれています)


3:宝想華(既定の形はないそうですが、空想上の花といわれています)


4:たくさんありますが、その一部としてのご紹介です。
  ウコン・紅花・くちなし・コブナグサ・キハダ・ツルバミ…などなど。
  珍しいところでは、お花のマリーゴールドからも色素がとれるそうです。





宗流
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# by sou-ryu_mame | 2010-11-03 12:33 | お出かけ

2010年きもの文化検定終わる その3



こんばんは。
ここ数日、急に冷え込んできましたが、
みなさまお風邪など召されてませんか?
今夜も寒い夜になりそうです。
どうぞくれぐれもご体調にはご留意下さいね^^


さて。
ここ数回、第五回のきもの文化検定のおさらいをお伝えしておりますが
こちらもそろそろ佳境を迎えて(?)まいりました。
今年も昨年に引き続き、難しい問題ばかりでしたがそれも一つの経験です。
教本を読んだり、日々の生活の中ではなかなか知り得ない事柄を
自分のものにできる貴重な機会です。

今回宗流はようやく気付いた事なのですが、やはり色々な書物に目を通す事は
とても大切な事ですね。どうしても教本を中心に知識を得ようとしてしまいますが、
きものを一つの文化として捉えるならば、その時代時代にきものを軸として
様々に織りなされてきた文化を知る事も大切ですものね。
それを広い視点から得るための様々な書物。
一つのものを一つだけの視点から見ようとしても、偏った知識になるのかも^^;
何となくそんな悟り(???)を開いた宗流です!エッヘン

では、本日もまいりましょう~!




第37問目・38問目


昨年もありましたが、今年もやはり出ました!お絵描き問題^^;
出題された文様を簡単に絵に描くという問題です。
今年は、1:流水紋と観世水 2:雪輪と雪花でした。

どうでしょうか? 上手に描けそうでしょうか~?

目で見たり、頭では分かるのですが、いざ描けと言われると難しいものです。
宗流、2の方はたぶん正解だと思いますが、1がビミョーです。。
絵が下手なのはこの際いいとして(…仕事で絵を描く事もあるのに^^;)
時間配分でこれを後回しにしたがために、流水はミミズが数本みたいになるわ、
観世水はナルトみたいになってしまいました(笑)
お見せして笑って頂けない事が、この上なく惜しい宗流です!




第39問目


近江八景とは「比良の暮雪」「八橋の帰帆」「①の秋月」「瀬田の夕日」「②の晩鐘」…
(以下省略)の事をいい、琵琶湖を背景にした景色の良い名所をあらわしたものです。



…答えは、①石山 ②三井 です。
これはもう知っているか知らないかの問題だけですね^^;
しかし、宗流今年の夏に滋賀県の三井寺に行った記憶が不意に浮かんだため、
②は三井寺と書いてしまいました。。あ~「寺」なんて何でつけたのかしら!




第41問目


これも画像をみて答える問題なのですが、今回も出ました!家紋シリーズ!!
昨年は七曜紋、九曜紋の丸は何をあらわすかという問題でしたが、
今年は「毬挟み(まりばさみ)」という家紋が問題でした。
毬挟み…初めて見て聞いた家紋です^^;
もちろん答えられるはずのない宗流でした。




そして、今回も最後に大物が控えておりました!
それが以下の三問です。一気にご紹介してまいりましょう。



第48問目

お宮参りの初着について200字以内で説明しなさい。
(用途の他、形の特徴を3つ以上あげること)



第49問目

東京友禅・加賀友禅・京友禅の特徴と技法の違いを200字以内で説明しなさい。


第50問目

白生地の縮緬、西陣御召の二つの織物はいずれも緯糸の強撚糸によるシボが特徴
ですが、違いがあります。その違いを200字以内で説明しなさい。
(織物の製造工程の違い、きものとしての取り扱いの二点は必ず触れる事)




…どれも難しいですね~^^;

48問目はお宮参りの際の赤ちゃんの衣服ですよね。
模範解答によると、袖が大名袖、表着を折りかえし共の袖口布とし、袖口が広口。
襦袢は用いない。共布で幅の広い紐を付ける。一つ身で背に背守りをつける。
そして参拝の日頃は地域や季節により異なる。
だそうです。
宗流は神社に参拝にするための赤ちゃんのきもの、袖口が広袖、紐をつける、
背縫いのない一つ身で背守りをつける、までは何とか書けましたが、
参拝の日を生後約30日頃としてしまいました…。
でもこれって地方によって違うんですね。。エ~ン


49問目は、東京友禅は東京で染められている友禅で渋くモダン。加賀友禅は加賀五彩を
基調にぼかしや虫食い葉を表現する。京友禅は多色遣いで優美、金銀箔や刺繍を用い
工程が多いというのが模範回答です。
宗流もこの部分は大体こんな感じで書いたように思います。(←唯一好きな友禅のお勉強!)



50問目は…宗流大撃沈です!
時間が全く足りませんでした^^;
模範解答は、縮緬は後練り織物(精錬によりシボがたつ)・御召は先練り織物
(強撚糸を撚り止めをして織り上げてから湯通しでシボをたたせる)、また縮緬は
水分による影響はあまり受けないが、御召は糊成分が残っているため水分の影響を
受けやすい、との事でした。
宗流はちょっとビミョーな解答で、「きものとしての取り扱い」という点が着物地としてなのか、
仕立て上がったきものを指し示すのか解らず、きもの地としてなら差し障りないだろうと
白生地の縮緬は後染めのきもの地・御召は先染めのきもの地、白生地は精錬によって
シボをとる…という点まで書いてタイムオーバーでした^^;
解答を見て、ようやくきものとしての取り扱いという意味が解りましたが、問われていた
要旨とはかなりかけ離れた答えを書いてしまいました。。。



さてさて。
今回の試験の問題はこんな感じでした!
宗流自身の印象としては、やはりツメが甘かったです…^^;
漠然と解っているつもりでは、やはり答え切れない事って多いものです。
来年はそれを少しでも自分の中でまとめ上げられるように
精進していきたいなぁと思っています^^v




宗流
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# by sou-ryu_mame | 2010-10-28 22:23 | きもの検定について

2010年きもの文化検定終わる その2


こんばんは。
今週も新しい一週間の幕開けですね。
こちら京都は雨のスタートとなりましたが、
みなさまのお住まいの地域はいかがでしょうか?


さて。きもの文化検定が終わって一週間が経ちました。
ですが、いざ終わってしまうと、一生懸命お勉強したものを、
ものすごい勢いで忘れてしまいそうな宗流です^^;
これでは何のためにお勉強したのやら…コマッタモンデス!
と、いうわけで宗流の健忘症防止(?)のため、
今回も先日の検定のおさらいとまいります。
どうぞよろしくお付き合い下さいね!


前回もちょっと面白い問題や難解な問題を抜粋してお送りしましたが、
今回も試験問題と解答をご紹介してまいります^^
それではまいりましょうか~!!



第九問目

国の重要無形文化財に指定されている染色技術が、世界に認められる技術となっています。
小千谷縮・越後上布は昭和30年に国の重要無形文化財に指定され、平成21年には(  )に
指定されました。結城紬は昭和31年に重要無形文化財に指定され、平成22年に(  )に
指定される予定です。



…答えはユネスコ無形文化遺産です。
世界遺産はユネスコが世界的価値を認めた 文化・自然遺産や複合遺産の総称で、
有形のものだけに止まらず、無形の伝統技術にも認定されるものだそうです。
…だそうです、という時点で宗流は不正解でした^^;
宗流、日本の重要無形文化財ばかり見ていて、全くの盲点でしたね~。
やはり何でも広い視野を持たなくてはいけません!



第二十七問目

戦前までは一般にきものを仕立てる時の寸法に(①)を用いました。
また織物を作るための織機や道具を測る単位は(②)を用いてはかられていました。



…答えは①鯨尺 ②曲尺です。
これはそう難しい問題ではないのですが、織機や道具類は曲尺を使うというお話でしょうね。
でも、戦前に限らず今現在もきものの仕立てには一般に鯨尺が使われる気がします…。
確かにプレタきものの表示には「cm」の表示もありますけどね^^;
ちなみに、鯨尺は一尺でいうと約37.88cm、曲尺は約30.30cmです。




第二十九問目

一つの色を濃い色から淡色へ段階的に重ねて彩色する手法を何といいますか?


…答えは繧繝(うんげん)です。
宗流、匂い重ねかと思ってました^^;
またちょっと調べてみたところ、逆に淡色から濃い色に重ねることを逆繧繝というそうです。
ちなみに、匂いは同系色のグラデーションのようなので、逆繧繝も含まれるのかも
しれませんね。色の濃度を濃い→淡いに重ねるという問いですから、
答えは繧繝となるのでしょうね。ヤヤコシイナァ…


第三十問目

こちらは画像がないのですが、答えを先に言いますと「湯のし」に使用される釜
(円錐形の金属製器具)の道具の写真を何の染色工程で使用するかという問いでした。
宗流は何となく湯のし屋さんで目にしたような微かな記憶があったので、一か八かで
湯のしと書きましたが、とても迷いました。
何しろ湯のしは「染色工程」というよりは、「仕上げ加工」の気がしていたんですね…。
確かに染めに出した生地を「のし」に出して幅を出したりしますが、その染色工程の
仕上げの際の「湯のし」という意味合いだったのでしょうかね^^;
カイシャクッテムツカシイ!



第三十五問目

こちらも画像の問題ですが、馬具についての問いでした。
答えを先に申しますと、「轡(くつわ)」の画像の名前を問われていたのですが、
何となく宗流は馬具といえば、伊勢物語の武蔵野に登場する「鐙(あぶみ)」しか
思いつきませんでした^^;
でも、馬具文様ってひそかにたくさんあるものなんですね!
つくづく日本古来の文化は奥深い!と、思った問題でした。
ちなみに轡とは、手綱をつけるため、馬の口に噛ませる金具だそうです。
へぇ~!



第三十六問目

文様構成の一つで形や大きさの同じ文様と地が交互に入れ替わり、どちらが地なのか
区別がつかないものを何というか?



…答えは入替文様です。
問題にほぼ答えが書いてありましたね^^; なのに宗流、無理にひねって
割付文様かと思ってしまいました。
何となくこの入替文様と割付文様って同じもののような気がしてたんですよね。
でも、よくよく考えると市松文様や鱗文様など、地と文様が全く同じもので
色の組み替えであらわされた文様を問われていたのですよね。
サービス問題だったのに…撃沈!



これで半分少し終わったところでしょうか^^
解答速報を見ながら、宗流が風前の灯状態になり始めた頃です!
今回もやはり難しい問題がたくさん!
でも、これを超えてこその1級ですものね、もっと色んな事を知らなくちゃいけません。
とはいえ、次回の試験までまた一年がかりだなぁ。。頑張らなきゃ~^^;




宗流
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# by sou-ryu_mame | 2010-10-25 21:41 | きもの検定について

2010年きもの文化検定終わる


こんばんは。
今年の夏ごろからぼちぼちと更新してまいりました、
「きもの検定について」も、2010年の分は終了となります^^
今年他の級も含め、受験された方はいかがでしたか?
宗流は甘く見れば滑り込みセーフかな?というところですが、
厳正な目で見ると撃沈しそうな様子です^^;
とはいえ、頑張ってお勉強したものはけして無駄になるものでもありません。
今年ダメでも、また来年!と決意新たにした宗流です♪

さて、今日は今回の一級の試験の覚書&復習にいたします。
昨年は始めての経験にかなり戸惑いましたが、今年は戸惑うより先に、
時間が足りなかったのが悔まれました。
やはり知識の吸収と共にそれをきちんと整理して、さっと取り出せないと
いけませんね。。それが今年一番の収穫といえば収穫です!


まずは第一問目。

襲物を着る時、きものや下着を重ねて一度に打ち合わせて着ることを何というか?

…答えは「一つ前」というそうですが、宗流恥ずかしながら初めて聞きました。
これは普通のきものでも言える事なのかしら?
襦袢ときものを重ねて着ると言っても、それぞれ伊達締めや腰紐もしなくちゃいけませんし、
それとも装束に関してだけなのかな???
ちょっと謎が残っちゃいました^^;


第五問目

(七五三の七歳女児の写真あり)
一幅の布を並幅のまま縫わずにしごいて締めるのでこの名がある。
江戸時代には(  )帯といい、おはしょりをとるために腰に締めていた。


…答えは「抱え(帯)」
宗流、画像に惑わされちゃいました。「しごき(帯)」かと…。
しごきの別名が抱え帯と考えていたのですが、よくよく調べてみると少し素材が違うようです。
しごきが柔らかな薄手の錦紗なのに対し、抱え帯は綸子などで芯が入っていたそう。
へぇ~!と思いましたね。でも、それなら七五三の画像はなぜに???
そして、なぜしごきと抱え帯が同じようなものとして扱われるのか謎です^^;


第八問目

現在帽子絞りはビニールシートを使用していますが、30年ほど前には(  )の皮を使用して
おり、当時は皮巻き絞りと呼ばれていた。


…答えは「筍」
筍~!? 竹の皮ではなく、筍~!?
子供(筍)の皮と大人(竹)の皮は別物なのかしら???
一般的に竹皮とはよく聞きますが、筍とは初めて知りました。


第十四問目

( ① )織は世界的にも有名な綴織の一つで、古代エジプトで織られたものです。
日本でも昭和初期にその織をモチーフにしたきものや帯が作られました。
古代エジプトの初期( ② )教の分派である( ① )派の人々によって作られた織物です。


…①はコプト織ですね。
ここまではOKです。でも、コプトの源流が何かなんて考えた事がありませんでした。
②は「キリスト」ですって!へぇ~^^;
宗流、神社の娘なので全くご縁がありませんでした!(←言い訳)


第二十三問目

明治時代に色糊による写し友禅染めが友禅中興の祖と称される(  )によって発明され
「型友禅」として発展しました。


…広瀬治助 (ひろせじすけ )
スミマセン…失礼ながら、どなたなんでしょう???
勉強不足の宗流には問題外の問でした^^; 


第二十四問目

大和和紀の作品(  )によって、若い女性の袴が流行しました。

…はいからさんが通る
スミマセン…マンガだという気はうすうすしていましたが…どなた???
何となく勢いで平安時代の装束の袴かと思って「あさきゆめみし」かと…。
まさかその時代の流行をマンガが作ったはずはないですよね^^;
というか、どなたかわからず、マンガも読まない宗流、これしか思い浮かびませんでした。
ちなみに、あさきゆめみしも全く読んだ事がないんですけどね。
とはいえ、若い女性の流行に「袴」ってあったんですね、知らなかった!
渋谷の街を袴姿でいざ♪ なんてCanCanにでも特集があったのかしら^^


第二十六問目

桃山時代から江戸時代に、ポルトガルやオランダ船によって東南アジア方面の絹織物が
多量に輸入されましたが、その中のインド西海岸地方で産した薄くて軽い縞柄の絹織物が
以降も西陣織りに定着して織られる事となります。和絹多とよばれ、羽織や袴地、表具に
広く用いられました。これは何という織物でしょうか。


…茶宇(ちゃう)だそうです。
インドのチャウル地方から伝わった事からその名前がついたそうです。
わんこのチャウチャウなら知ってますが、初めて聞いた名前の織物でした^^;
これはかなりのへぇ~でした!



…ここまでで約1/3くらいでしょうか?
今回はうっかりミスが多かった宗流、ここまでくるのに大分うっかりしてます。
でも、あとから見直してみると結構面白くなってきました^^
という事で、あと数回今年の問題を見直してまいりたいと思います!
どうぞよろしくお付き合いくださいね~♪



宗流
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# by sou-ryu_mame | 2010-10-20 23:50 | きもの検定について

きもの検定 課題図書「源氏物語・花宴」




こんにちは。
連休二日目、みなさまよい休日をお過ごしでしょうか^^
昨日は強い雨の降った地域も多かったのでしょうが
全国的に今日はどうなのでしょうね。こちら京都は気候も爽やかで
よいお出かけ日和になりました^^v

とはいえ…うっかりしていると、きもの文化検定ももう来週です。
10月の声を聞く頃から、宗流は身の周りが慌ただしくなり
いま一つ勉強どころではなかったのですが、それも言い訳になっちゃいますものね。
何かと忙しくされているのは、どなたも同じです。
あと一週間、今年も微妙ながらもう少し頑張ろうと思います!


さて。
もしかしたら検定までのお勉強は今日が最後かもしれませんので、
今まで一度も触れていなかった「課題図書」のお勉強をおさらいしておきましょうか。
今年の1級の課題図書は、瀬戸内寂聴訳「源氏物語・巻二」より「花宴」です。
昨年は「桐壷」でしたが、実は宗流、去年はこの課題図書の存在を全く見落としていて
全く何も手つかず状態でした^^;
あとあと見れば、課題図書からはそれほど難しい問いはされてなかったのに…
と、かなり悔しい思いをしたので、今年はちゃんと見直します^^

「花宴」は、源氏物語の中でもとても短い章ですが、後の源氏の君のお話でも
とても重要な女性となる「朧月夜」との出会いの場面が描かれています。
この朧月夜は、源氏の婿入り先の左大臣と勢力を二分する、右大臣の六番目の娘で、
桐壷帝(当時は東宮)の最初の妃、弘徽殿女御を姉に持つ、とても高貴な女性です。
簡単に源氏と朧月夜の関係を説明すると、源氏の母である桐壷の更衣が桐壷帝に
最も寵愛を受けたのが気に入らない弘徽殿女御の妹君(朧月夜)と、弘徽殿女御に
目の敵とされている源氏の、今でいう「道ならぬ恋(?)」といった所でしょうか。
しかも、この朧月夜は源氏の兄、東宮の婚約者でもあるのです。
ロミオとジュリエットもびっくりの二人の恋ですが
…それってどうなの、源氏くん。と、いう気がしないでもない宗流です^^;

二人の出会いは、当時の二月の下旬。南殿で催された花の宴に始まります。
そこで酒に酔った源氏が、恋焦がれている「藤壺の宮」に出会う隙がないかと邸を
うかがい歩いている際に、「朧月夜に似るものぞなし」と歌を口ずさみむ
一人の美しい女性と思わず(?)関係を結んでしまいます。
そこから源氏の、朧月夜に恋焦がれる日々が始まるのですが、
…たぶん、こうした源氏の色恋話は検定に何ら関わりがあると思えないので
今回は残念ながら割愛させていただきます。

この「花宴」は先にも述べたように、短い章ではあるのですが、
一ヶ所当時の貴族の装いがよくあらわされている場面があります。
それが源氏が藤の花の宴に招かれた際の装いです。



桜襲の唐織物の御直衣に、葡萄染の下襲の裾を長く引いて、他の人は皆、束帯の正装のところへ
しゃれた皇子らしい装いのお姿も優雅に、人々にあがめかしずかれて宴席に入っていらっしゃった
御様子は実に水際立っておられます。(以下省略)




上は「花宴」の一文の抜粋ですが、この源氏の装いを説明させて頂くと
桜襲(さくらがさね)の唐風の衣装=直衣に、葡萄染(えびぞめ=深い赤紫色の染物)
の裾を長く引いた下襲を着用した源氏の様子(大君姿)が描かれています。
そしてその他の者たちは正装である束帯を着用しているのですが、皇子である源氏は
その中でも優雅さが際立っているという意味合いです。

この中で注目して頂きたい幾つかの点があり、まず一つ目は「桜襲」です。
これは生地が重なった様子を示す言葉です。本来「襲のいろめ」というのは上着の表裏、
または衣と衣の重なったもの、生地の経糸・緯糸を示すものです。
この「桜襲」は色の重なりをあらわすと、表が白・裏が紅色をさしています。
(桜襲は表が白で、裏には紅や赤、蘇芳・紫など諸説あります)
そして唐織物は唐から伝わった綾織りの生地をさします。
(本文では省略されていますが、この場面の源氏の直衣は「綺」という生地だそうです)

また葡萄染とは深い赤紫色の染物なのですが、「ぶどう」とは読まず「えび」と読みます。
これはこの紫色が山ぶどうの「えびかずら」から由来された事に始まり、古くはこの
紫色を「えびいろ」といったそうです。
えび=海老と思ってしまいそうですよね。でも余談となりますが「海老色」という色もあるんです。
こちらは紫色ではなく、赤みがかった茶色で伊勢海老の殻のような色合いです。
「下襲の裾(したがさねのきょ)」とは、この直衣の下に着用した裾の長い衣服の事です。

次に束帯です。これは「昼(ひの)装束」ともよばれるもので、天皇以下の公家の正装です。
袍(ほう)とよばれるゆったりとした衣服を、石のついた石帯(せきたい)で着用する事から
束帯といわれています。
この時代は皇族に仕える臣下の方が正装をするため、皇子である源氏の方が幾分気軽な
直衣姿であったのに対し、他のものは束帯で正装していた、という事です。


もしかしたら、以前お話させて頂いた「きものの歴史」の中の直衣の説明をご覧頂いた方が
いらっしゃると、直衣の下に下襲はつけないんじゃない?という方がいらっしゃるかもしれませんね。
確かに通常では直衣の下には下襲は引かないのですが、この下襲の裾を長く引いたものを
直衣布袴(のうしほうこ)といいます。
これは通常、貴族が平服として用いていた直衣の正装スタイルともいうべきもので、
直衣の下に裾をつけた下襲を用い、指貫(さしぬき)という裾を括った袴を着用します。
そこに石帯をしめるのですが、この石帯は省略されることもあるようです。
これが直衣布袴とよばれるものでした。


文章で説明させて頂くと、少しわかりにくいかもしれませんね。
ですが、このあたりは心の目でイメージを膨らませて下さいね^^;
この「花宴」で、きものに関する記述はこのあたりしか見当たりません。
とはいえ、これはあくまでも宗流の解釈ですので当てになさらないで下さいね。



最後に、お話を少し本文へ戻しましょう。
この花宴で関係を持った二人ですが、ここから朧月夜の人生は変わり始めます。
源氏との関係が露呈し、東宮(朱雀帝)の女御としての入宮は解消してしまうのですが、
のちに女官の一つ尚侍(ないしのかみ)として朱雀帝に仕え、帝に寵愛を受ける事になります。
しかし、その後も源氏との関係は密かに続き、やがてとうとう雷雨の夜右大臣によって
その関係が露見してしまいます。
これが源氏の須磨流しへと繋がるのですが、その後朧月夜は朱雀帝への贖罪の日を
過ごしつつも、時を経て三たび二人は関係を結んでしまいます。
こうなると…それってどうなの源氏くん、二度あることは三度あるの?という所です。

しかし、その行き着く先は幸とも不幸とも言えない気がします。
結果的に朧月夜は出家し、引きとめる源氏に「私の幸せを祈っておくれ」と言われるのに対し
「万人の一人としてお祈り致します」(=ざっくりとした意味合いです)
と言い残して源氏の前から姿を消すのです。

輝くばかりの月が、やがて雲を纏って姿を隠す。
朧月夜という女性は、その名の通りの結末を迎えるように思います。
月の光は太陽を反射したものです。
源氏という太陽の光を反射し、その時々に姿を変える月。
その太陽と月の関係を、当時の紫式部は知っていたのでしょうかね…。

源氏物語の魅力は、源氏の美しさもさることながら、こうした朧月夜を始めとする
数々の女性の人生模様が魅力の一つとなって描かれています。
母性としての桐壷、妻としての紫の上、そして源氏と関係を結んだ数々の女性たち。
それらの女性は時に源氏以上の魅力をもって、物語を彩ります。
もし興味をお持ちの方がいらしたら、ぜひ一度手にとってご覧になって
みて下さいね^^


宗流
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# by sou-ryu_mame | 2010-10-10 13:47 | きもの検定について

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